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Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『帝国の時代をどう生きるか』

今日ご紹介するのは、元外交官にして作家という異色の経歴を持つ、佐藤優さんの新書『帝国の時代をどう生きるか』角川書店だ。

佐藤さんは、現下の国際秩序を表す言葉として、たびたび「新・帝国主義」という言葉を使っている。19世紀末の帝国主義が形を変えて21世紀の現代に蘇った、という意味だ。

本著は、タイトルからも分かるように、佐藤さんが新・帝国主義の今日において、我々個人個人が、そして日本という国家が、どう生きていけばいいかについて考察した本である。

 

本書の内容は、大まかに前半と後半のふたつに分けられる。前半は「理論編」と銘打たれ、佐藤さんが「宇野経済哲学」について解説していく。

宇野経済哲学とは、マルクス経済学者・宇野弘蔵(1897‐1977)によって展開された経済(哲)学を指す。佐藤さんは、現下の新・帝国主義を分析するためのツールとして、この宇野経済哲学を重要視しているのである。

一方、後半は「実践編」と銘打たれており、佐藤さんが十八番のインテリジェンスを駆使して、現在の国際情勢を解説していく。

「前半部分は難しくて何が何だかさっぱりだよ~」という人は、まず後半から本著を読み、ついで前半を少しずつ読み進めていくと良いだろう。

 

 

…率直に言うと、僕は宇野経済哲学も含めたマルクス経済学には、あまり興味がない。

佐藤さんが「現下の新自由主義の暴走を理解するためにはマルクス主義の読み解きが必要」と書いていても、「うーん、そうかなぁ…」という感じである。

そもそも新自由主義」という言葉の使い方からして雑だなぁ、という印象を受けるのだが、それについて語ると大幅に話がそれてしまうので、これ以上は触れない。

それでも、本著を読んでいて、面白いと思った箇所がある。

それは、佐藤さんが浅田彰さんについて述べた箇所だ。

 

批評家・浅田彰(1957‐)を知らないという若い人も最近では増えた。

浅田さんは1983年、弱冠26歳にして難解な思想書『構造と力』を刊行。この本はベストセラーとなった。当時を佐藤さんはこう振り返る。

≪早速、『構造と力』を買い求めて、読んでみました。内容の3割も把握できませんでしたが、同世代に強靭な知性が現れたことに衝撃を受けました≫(37頁)

1960年生まれの佐藤さんは、浅田さんと3歳しか歳が違わない。

同世代にすこぶる聡明な知識人が現れてくれたことに、まだ同志社大神学部の一介の学生に過ぎなかった佐藤青年は、おおいに励まされたに相違ない。

その気持ちが、僕にはなんとなく分かる気がする。

 

前半部分「理論編」の終わりのほうで、再度浅田さんの名前が出てくる。

少し長いが、重要な箇所なので引用する。

≪1980年代前半も京都では学園紛争の余韻が十分ありました。新左翼運動の中にある思想的怠惰、思考停止を浅田氏は鋭く衝いたのです。「逃走」ということばを使いながら、浅田氏は闘争を継続していたのだと私は思います。

 私には、浅田氏は徹底した革命家のように思えます。それは、天上の秩序の変化に伴って、地上の秩序を適合させていくという易姓革命ではなく、地上の秩序を変容させることで、むしろ天を変化させようとする革命です。私の理解では、レーニンと浅田氏は親和性がとても高い革命家です。『構造と力』は革命の書なのです。恐らく、浅田氏は、このような解釈を忌避するでしょう。しかし、私はそのように読みます。≫(163頁)

浅田さんは、『構造と力』『逃走論』などベストセラーを次々出したものの、90年代以降はパタリと本を出さなくなり、「雲隠れ」してしまった。これについても佐藤さんは以下のように書いている。

≪浅田氏は、アカデミズム、商業主義的な論壇のあえて周縁にいるようにつとめています。臨界点にいながら、それを超えてシステム全体を破壊するような言動や行動は慎重に避けています。知識人としてきわめて禁欲的な姿勢です。強靭な思想の力がないとできない選択です。私は、浅田氏の姿勢を見ていると、世界の変容を真剣に考えているロシアの修道司祭を想起します≫(164頁)

 

浅田さんを革命家とみなす佐藤さんの見解に、僕も同意する。

かつて『構造と力』が飛ぶように売れた80年代、驚くべきことに「浅田は右翼だ」と批判する左翼活動家がいたという。資本主義に正面から戦おうとせず、闘争ならぬ逃走を呼び掛ける浅田彰は、したがって資本主義を利するだけの敵だというわけだ。

とんでもない話である。

むしろ浅田さんこそ、最後のマルクス主義的教養人と呼ぶにふさわしい、と僕は思っている。

同様に、佐藤さんもまた、浅田さんの正体は革命家である、と的確に見抜いていたのである。

佐藤さんの慧眼に、改めて感服した。