Furusawa Keisuke's blog

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書評『地球を斬る』

地球「ひぃ! き、斬らないでぇ…」

 

という地球の悲鳴が聞こえてきそうな(←?)、作家・佐藤優さんによる論考集。

だが本著を紐解くと、地球を斬るというよりかはむしろ、「外務省を斬る」と言ったほうが本著のタイトルとしてはより適切であることに気づく。

 

佐藤さんは、自らの古巣・外務省を容赦なくこき下ろす。それは、外務省の無能・無作為こそが日本の国益を棄損してきたと佐藤さんが考えているからである。

領土問題、拉致問題のような日本の国家としての主権がかかわる問題で、毅然とした態度をとることができない。そのせいでロシアはじめ諸外国からはナメられがち。そんな現状に対し、愛国者である佐藤さんはいら立ちを募らせているのだ。

しかし、外務官僚のすべてがすべて無能というわけではもちろんない。

外務官僚のなかで佐藤さんが(例外的に)評価しているのが、谷内正太郎・外務事務次官(肩書は当時)である。

小泉政権から第一次安倍政権へと移り、日本の外交戦略に変化が見られた。≪日本外交が輝きを取り戻している。東京にいる外国人情報専門家たちは「率直にいって、小泉前政権と同一国家の外交か、にわかには信じられない」と感想を述べている。筆者は「その秘訣は安倍官邸が外務官僚の能力を十二分に引き出しているからです。キーパーソンは谷内正太郎外務事務次官です」と答えている≫(180頁)

谷内次官の有能な点は、外務省の中国課長にチャイナスクール(中国語を専攻したキャリア外交官)を起用しなかったことである。チャイナスクール中国当局者と腐れ縁があるため、いざというときに毅然とした対応が取れなくなってしまうのだ。

谷内次官の人事はさっそく効果を発揮した。

温家宝首相との晩餐会で安倍首相が行うスピーチに対し事前に中国側が変更を求める事態があった。安倍氏は中国側の要請を拒み、スピーチを中止した。従来のチャイナスクール主導外交では首相に頼み込み何とかスピーチを行う体裁を整えただろう。(中略)その結果、日中関係が悪化したわけではない。むしろ一〇月九日に「中国政府より在中国日本国大使館に対し、北朝鮮が間もなく核実験を行うであろう旨の事前の情報伝達が行われた」(二〇日付内閣答弁書)という成果をもたらしている。中国による理不尽な要求を安倍首相が拒絶したので、むしろ中国は日本に対して一目置き、情報協力を深化させたのだ≫(181頁)

この箇所は非常に興味深い。中国に唯々諾々と従う人間よりかはむしろ、自国の立場を毅然と主張する人間のほうをこそ、中国は評価するのだ(この点、中国人はアメリカ人と似ている)。中国に対し毅然とした態度をとれる谷内次官のような人物こそむしろ、本当の意味での親中である。今の日本で親中と呼ばれている人間たちは、ただの「媚中」に過ぎない。

 

谷内次官のほかに、佐藤さんがその能力を高く評価しているのが、東郷和彦・元欧亜局長である。

実をいうと、この東郷さん、佐藤さんの外務省時代の上司にあたる人物である。佐藤さんは、鈴木宗男議員とこの東郷さんの3人で、北方領土交渉に当たっていたのだ。

その東郷さんは、「靖国参拝モラトリアム」を提言している。日本で戦没者の追悼に関するコンセンサスができ、国家が過去の戦争についてきちんと総括するまでは総理や閣僚の靖国参拝を行ってはならないというのが、その内容だ。

と書くと、「なんだ、東郷って人はサヨクなのか」と思われるかもしれない。だが、そうではないのだ。

東郷さんの祖父は東郷茂徳・元外務大臣靖国に合祀されたA級戦犯14人のうちのひとりだ。

≪「僕は子供のころから日米戦争は日本の自衛戦争だったと聞かされて育ってきました。東京裁判は勝者の裁きで、連合国に日本を裁く権利はないと僕は確信しています」というのが東郷氏の口癖だった。その東郷氏がなぜ、総理の靖国参拝を凍結せよと言うのだろうか。

靖国に祭られている英霊たちは、愛する人のため、天皇陛下のため、そして東亜の平和のために死んでいったんだよ。靖国問題が日中間のつまづきの石になっているのは、東亜の平和を信じて死んでいった英霊に対して申し訳ないと思うんだ」と東郷氏は言う。≫(128頁)

中韓に対する過激な主張が頻繁に飛び交う今日にあって、東郷さんのこの言葉は重みをもって読者にのしかかってくるのである。

 

 

外交やインテリジェンスの世界では専門的な用語が多く用いられるが、本著では佐藤さんの論考のあとに「キーワード」としてこれら専門用語が解説されている。僕らのような素人の読者にとってはありがたいことだ。

このほか、単行本化にあたって佐藤さんが各論考のあとに新たに書き下ろした「検証」もまた興味深い。これを見ると、佐藤さんが「本稿を執筆した時点では~~まで筆者の関心は向かなかった」とか「~~ということが見抜けなかった。その意味では限界がある論考だ」といった具合に、結構自己批判をしている。

あぁ、あの佐藤さんといえども、やっぱり人の子なんだ、とちょっぴりおかしかった。

 

地球を斬る (角川文庫)

地球を斬る (角川文庫)