Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『甦るロシア帝国』

本ブログでは以前、作家・佐藤優さんの『自壊する帝国』を取り上げたことがある。

当時、外交官としてソ連に赴任していた佐藤さんが、今まさにソ連が崩壊していくその過程を、一外交官の視点から克明に描いたノンフィクションだ。

 

今回取り上げる本は、『甦るロシア帝国文芸春秋。これまた、ソ連末期の混乱を描いた、佐藤さんによるノンフィクションである。

『自壊する帝国』に出てきたソ連の個性豊かなインテリたちは、本著にも多数登場する。

佐藤さんの親友であったラトビア人のサーシャや、無神論を捨ててロシア正教に入信し、最終的にはイスラムに改宗することになるポローシン神父、そして語学がきわめて堪能でいくつもの言語を自在に操るアルチューノフ先生ソ連科学アカデミー民族学研究所コーカサス部長)、といった顔ぶれだ。

本著において佐藤さんは、キリスト教神学について、ナショナリズムについて、彼らインテリたちときわめてレベルの高い議論を展開していく。

話があまりに難しすぎてついていけない、という読者の方も多いかもしれない。一方、これまでに佐藤さんの著作を複数読んでいるという読者の方ならば、佐藤さんが日本の論壇で今日展開している議論が、実は当時のソ連のインテリたちとの対話を基盤としていることに気がつくはずである。

また、佐藤さんと彼らの対話を通じて、共産主義の本家本元のはずのソ連の人間たちが、その実、マルクス主義をまるで理解していなかったことも明るみになる。この点も、実に興味深い。

 

本著のわりと前半のほうに「アフガニスタン帰還兵アルベルト」と題された章がある。

タイトルの通り、ソ連によるアフガン出兵に従軍し、帰還した元兵士の青年・アルベルトの証言を中心とする章だ。

アルベルト青年の話す内容は、極めてショッキングだ。アフガンに駆り出された彼は、そこでソ連軍の若い兵士たちが現地のゲリラたちによって惨たらしく殺されるさまを数多く目撃してきた。

いや、「殺される」のならまだいいほうなのだ。もっとひどいと、長時間苦しむように、あえて半殺しのまま砂漠に放置されるのだという。ソ連軍の兵士たちは半殺しにされた戦友を「楽にする」ため、涙を流しながら彼らを射殺するのだ。

 

本著を読んでいると、ソ連崩壊という歴史上のカタストロフが、いかに当時の市井の人々の人生を狂わせてしまったかを思い知らされる。

本来ならば大学の学部を優秀な成績で卒業し、そのまま大学に残って研究者になれるはずだったエリート女子学生が、経済的な理由から大学を去ることを余儀なくされ、外国人富豪の愛人となり、シングルマザーとなる。

本著で取り上げられている話は、氷山の一角にすぎない。そういった話は、ロシアに山ほどあるのだろう。

 

さて、もう一度、本著のタイトルを見てほしい。

『甦るロシア帝国』、である。

現在のロシアは、もちろん、まだいろいろと問題を抱えてはいる。それでも、ソ連崩壊直後のあの危機的な状況は脱したことは間違いない。

帝国は復活した。それは日本にとっては、ある意味では厄介な隣人が力を盛り返したともいえる。だが別の意味で言えば、国が復活したという事実は、「失われた20年」で苦しむ現下の日本を、日本人たちを、勇気づけるのである。

 

 

これは余談であるが。

佐藤さんによると、ソ連では学生が亡命することのないよう、語学教育はソ連国内のみにて行われていたという(そのためソ連の語学教育の水準は高かった)。

僕は何年か前にロシアを訪れたことがあるが、その際お世話になった通訳の方ー体重150キロくらいの、大変な巨漢であったーが、日本語がきわめて流暢であったにもかかわらず、日本には一度も行ったことがないのだと聞かされて驚いた経験がある。

本著を読んで、「…あぁ、これが理由か」とようやく腑に落ちたのだった。

 

甦るロシア帝国 (文春文庫)

甦るロシア帝国 (文春文庫)