Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『同志社大学神学部』

今日はまず、自分の話から始めることをお許しいただきたい。

僕は関東のとある国立大学の工学部に進学した。しかし高校時代には、むしろ文科系の科目のほうが得意だったし、好きだったのだ。一番好きな科目は世界史で、その次が倫理、3番目が英語だった。

それだのにどうして工学部なんぞへ進学したかというと、この就職難ー今でこそアベノミクスのおかげで人手不足、売り手市場となっているが、当時はまったく違ったーの時代にあって理科系のほうが就職に便利だと周囲の大人たちから“助言”を受けたからだった。

大学の授業は、第2外国語のドイツ語や一般教養の授業を除けば、まったく面白くなかった。

それでも3年間はなんとか我慢した。ところが4年目に入って研究室に配属されると、もう堪えきれなくなった。

結局、なんとか卒業はさせてもらったが、理系研究者の道からは完全にドロップアウトした。

以降数年間は、それまでの反動で“ド文系”になり、iPodビートルズの曲を入れながら吉祥寺の古本屋を歩いて回るなどした。当時は「理系」という言葉に触れるたびに、じんましんすら出た。

大学時代に学んだ内容は、第2外国語で学習したドイツ語を除いて、なにもかも、きれいさっぱり忘れてしまった。

 

そんなこんなで、僕にとって大学の4年間は、まったくもって、灰色の時代であった。

今日ご紹介する、作家・佐藤優さんの『同志社大学神学部 私はいかに学び、考え、議論したか』(光文社)を読んで、僕は佐藤さんの青春時代を心底うらやましく感じた。

 

本著は、佐藤さんが自らの学生時代を振り返った本だ。

佐藤さんは、高校時代、左翼の活動家であった。やがて無神論を研究しようと思い、同志社大学神学部へと進学した。当時から同学部は、キリスト教徒でなくても、キリスト教に興味があるという学生は受け入れていたからだ。

やがてこの地で研究を進めるうちに、佐藤さんは、マルクス主義からのキリスト教批判ー「宗教はアヘンである」っていう有名なアレーが実は誤解に過ぎなかったことを知る。そして洗礼を受け、キリスト教徒となったのである。

本著は、洗礼を受けた佐藤さんが、知的好奇心の強い同級生たちや人間味あふれる先生たちと極めてレベルの高い対話を日夜繰り返すという、なんとも高尚だけれども浮世離れした青春を描いていく。

 

本著の舞台となる京都の街もまた、実に温かい。

佐藤さんのような観念的な神学生も、京都の街は温かく受け入れてくれる。

小説家・森見登美彦の描く京都も、やはり浮世離れした京大生を温かく包摂してくれる場所だ(たとえば彼の代表作『四畳半神話大系』を見よ)

僕は、理科系の学部に進学したというだけでなく、関東などという不毛の地で貴重な青春時代を浪費してしまったことを、つくづく後悔したのだった。

 

温かく甘美な学生生活にも、しかしながら終わりは確実にやってくる。

佐藤さんは、同志社大神学部にて、チェコ神学者・フロマートカについて研究した。佐藤さんは研究をさらに深めるべく、フロマートカの祖国・チェコー当時はチェコスロバキアへの留学を望んだが、当時のチェコはまだ鉄のカーテンの向こう側。当然佐藤さんの希望は思うようにいかない。

やがて佐藤さんは、外務省に入省し、同省の研修生としてチェコに語学留学することを思いつく。

外務省の試験に、1度目は失敗したものの、2度目は見事合格、佐藤さんは晴れて外交官としてのキャリアを始めることとなった。

しかしそれは同時に、これまで佐藤さんを温かく育んでくれた同志社大学神学部に、別れを告げる、ということも意味していた。

ラスト。佐藤さんを送り出す神学部の学部長・石井裕二教授の言葉が、僕たち読者の胸を強く打つ。

 

「佐藤君。外務省での生活が苦しく、どうしても耐えられなくなったらいつでも神学部に帰ってきなさい。僕たちはいつまでも君のそばにいるからね」