Furusawa Keisuke's blog

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書評『視覚文化「超」講義』

僕が批評家・石岡良治さんを知ったのは、宇野常寛さん主宰『PLANETS』でのこと。

彼はそこで「最強の自宅警備員と称し、極めて情報量の多いアニメ評論を行っていた。

 

今日ご紹介する『視覚文化「超」講義』(フィルムアート社)は、そんな石岡さんにとっては初めての単著となった本だ。

 

タイトルに「講義」とあることから分かるように、本著は視聴文化をテーマにした石岡さんの全5回の集中講義を書籍化したものである。そのため話し言葉で書かれており、とても読みやすい。石岡さんの説明が分かりやすいこともあって、すらすら読み進めることができる。

では、これまたタイトルにある「超」とは、いったい何のことか。

石岡さんは東京大学大学院総合文化研究科の出身でありー批評家の東浩紀さんの後輩にあたるー大変な博識である。

本著においても、アニメや映画、ゲームや果てはボーカロイドに至るまで、扱う対象は極めて多岐にわたっている。

ゆえに、「超」講義なのだ。

 

表紙のイラストがまた良いね。実に混沌としていて、本著の特徴である「情報過多」をよく表現できていると思う。

 

本著で論じられる内容を全部ご紹介することは、とてもじゃないが出来ない。そこでまた例によって、個人的に面白いと思った箇所をひとつ挙げるとする。

戦前の教養主義について論じている箇所で、石岡さんは≪文芸的な側面では、学ランにマントを羽織って高下駄を履く、という類型化された「バンカラ」のイメージは現代でも繰り返し描かれます≫(17‐18頁)として、その典型例として久米田康治さよなら絶望先生』と森見登美彦四畳半神話大系』を挙げている。

僕もこのふたりの世界観はかなり近接しているな、と常々感じていたので、石岡さんによるまとめに納得した。なお石岡さんは言及していないが、このふたつの才能をひとつに結び付けたのが、アニメ版『有頂天家族』である(原作:森見、キャラ原案:久米田)

石岡さんはさらにニート的な生き方を提唱した『ニートの歩き方』著者のphaも京都大学出身であり、現在の「バンカラ」かもしれません≫(18頁)とも。

この指摘に触れたときは「あぁ、なるほどなぁ!」と思わず唸った。「ニートのプロ」を自称するブロガーのpha(ファ)さんには僕も前々から注目していたが、彼のことを「バンカラ」という観点から考えたことはなかった。さすがは石岡さんである。

 

さて、こういう情報量の極めて多い本を読んでいると、なんだか目まいがしてくる。

だが、現代社会というのは、そういうものだ。人々に目まいをおこさせるほどに、複雑怪奇な代物なのだ。

社会を変えたいと思うなら、まず社会について知らなければいけない。

そこで目もくらむほどの社会の複雑さを目の当たりにして、それでもなお社会を見つめ続けたいという熱意を持てる者こそ、本物である。

 

視覚文化「超」講義

視覚文化「超」講義