Furusawa Keisuke's blog

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書評『神学の思考』

元外交官にして作家という異色の経歴をもつ、佐藤優さん。

だがそもそもは、チェコ語研修を希望して外務省の門をたたいた、同志社の神学生だったのである。

 

本著『神学の思考』平凡社は、そんな佐藤さんによるキリスト教神学の入門書だ。

まずプロレゴメナ(序論)から始まり、つづいて神論、創造論、人間論、キリスト論、と続いていく。

我々日本の読者にはなにやら見慣れない構成だが、こうした記述の仕方は、ごく標準的なプロテスタント神学の枠組みに合わせたものなのだという。

 

さて、「神学なんて“虚学”の最たるものもんでしょ。どうせ役に立たないじゃん」と思われた方もいるかもしれない。

ところが佐藤さんは「あとがきにかえて」にて、こう書いているのだ。

≪読者は意外に思われるかもしれないが、「はじめに」でも触れたように私は究極の実用書として本書『神学の思考』を書いた≫(309頁)

えっ? 神学書が「究極の実用書」!?

≪究極の実用とは、生きていくために役に立つという意味だ。われわれがどのような時代に生きているかという「時の徴」をとらえ、一人ひとりが社会の中でどのような場所にいるのかを知るために、神学はとても役に立つ。≫(309頁)

佐藤さんは、一般の人々の目には見えない事柄を可視化することにこそ、神学の思考の特徴がある、としているのだ。

佐藤さんによれば、たとえばISーいわゆる「イスラーム国」ーの動きを理解するために、それは役に立つのだという。

当事者たちは自らの運動を、最後の預言者ムハンマドの時代を回復するための復古維新運動と考えているが、佐藤さんに言わせれば、実際は近代的現象に過ぎない。

これが、目には見えない事柄である。

あるいは、資本主義を分析する際にも、神学の思考が役に立つのだという。佐藤さんはマルクス経済学ー正確にはその一派としての宇野経済学を使って経済を分析する。

なぜ今、マル経なのか。

≪システムの内部にいる人々には、この現実が見えない≫(311頁)からだ。

そこで佐藤さんは、資本主義のシステムの内部でものを考える近代経済学ではなく、あえて資本主義の外部を思考(志向)するマルクス経済学を推奨するのであるーもっとも、僕自身はマルクス経済学には懐疑的なのだけれども

 

上述の通り、本著はプロレゴメナ(序論)、神論、創造論、人間論、キリスト論という構成をとるが、佐藤さんはさらに、救済論、教会論、信仰論、終末論を書く予定なのだという。

それらは、いつ書籍化されるのだろう。今から楽しみでしょうがない。

もちろんそれも、「究極の実用書」なのだろう。

 

現代人は、目に見えない事柄を扱うのが苦手だ。

なんでもかんでも、目に見える事柄ばかり追い求めたがる。

本著は、そうした現代人への強烈なアンチテーゼにほかならない。

 

 

…最後にひとつ、佐藤さんに質問を。本著の人間論では、結婚についての現代プロテスタント神学の考えが説明されているが、これは当然ながら、というべきか、異性間の結婚を前提としている。

では同性間の結婚について、現代プロテスタント神学は、そして佐藤さんは、どのように考えておいでか。

 

神学の思考

神学の思考