Furusawa Keisuke's blog

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書評『江藤淳という人』

優れた知識人には、たいてい、優れた師匠がいるものである。

 

浅羽通明さんの場合、それは呉智英さんであった。

では福田和也さんの場合、それは誰であったか。

 

江藤淳さんであった。

 

福田さんは、処女作『奇妙な廃墟』を世に出して後、江藤さんにその才を認められ、公私両面にわたって支援を受けながら、論壇進出への足がかりを得た。

福田さんにとって江藤さんは、したがって事実上の師匠といえる存在であったのだ。

 

その江藤さんは、1999年の夏、この世を去った。自殺であった。

江藤さんが亡くなった直後から、福田さんは、江藤さんを追悼する文章を数多く著した(編集者からは「襲名披露ですね」と笑われたらしい)

本著『江藤淳という人』(新潮社)は、そのとき福田さんが書いた江藤さんの追悼文を中心に、一冊の書籍にまとめたものだ。

 

本著を読むと、江藤さんは非常に面倒見のよい人だったことが分かる。

福田さんに、文章についてあれこれ指南してくれたのも江藤さん。福田さんに、大学の教員のポストを紹介してくれたのも、江藤さん。

福田さんは現在、慶應義塾大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)の教授である。

佐々木敦さんの『ニッポンの思想』講談社によると、福田さんは学生さんたちの面倒見が非常に良く、そのためSFCの学生さんたちからは大変に慕われている、ということである。

「へぇ、あんなに連載を抱えていて忙しい人が、よくそんなに面倒を見られるもんだなぁ」と僕は思ってきたが、本著を読んでようやくその理由が分かった。

福田さんの師匠であった江藤さんがまた、非常に面倒見が良かったからなのだ。

福田さんは、そうして江藤さんからもらった恩を、今度は若い世代に返そうとしている。そしてその若い世代は、さらに次なる世代へと恩を返していくに違いない。

このようなギブ・アンド・テイクのありかたを、文化人類学の世界では互酬(Reciprocity)と呼ぶ。現代日本のアカデミズムの世界でも、このようなかたちで互酬は続いていくのだ。

 

もっとも、江藤さん、単に「いい人」であったわけでもなさそうだ。

福田さんがまだ駆け出しの若手だった頃。福田さんが江藤さんにお歳暮を贈ったところ、江藤さんから、まだ半人前のお前が贈り物など早い! と叱られてしまったのだという。

その後、福田さんは評論家として著名になって後、あらためて江藤さんにお歳暮を贈った。すると今度はきちんと受け取ってくれ、さらには礼状まで送ってくれたのだという。

美談ではあるが、同時に「あ~なんか、メンドクサイ人だな」と僕は思ってしまった。

もっとも、そういったメンドクサさこそが、人を育てていくのかもしれないけれど。

 

つくづく、福田さんは師匠に恵まれたんだな、と思った。

正直、うらやましい。

 

江藤淳という人

江藤淳という人