Furusawa Keisuke's blog

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書評『現人神の創作者たち』

戦後日本において異色の保守論客として活躍したのが、評論家の山本七平さん(1921‐1991)である。

どこがどう異色であったか。

日本社会の抱える問題点をがんがん剔出していくその記述のスタイルもさることながら、デビューの経緯がいささか風変りなものであったのだ。

彼の(事実上の)デビュー作『日本人とユダヤ人』は、「イザヤ・ベンダサン」というユダヤ人の名で出版された。山本さんは、この本の訳者として扱われた。

だが今日では、この「イザヤ・ベンダサン」なるユダヤ人は実のところ架空の人物にすぎず、訳者とされた山本さんこそがこの本の真の著者であったことが分かっている。

どうしてわざわざ、こんなややこしい“設定”を採用したのか、一読者にすぎない僕には正直よくわからない。

ただ僕が思うに、山本さんは、自らの日本社会に向けた眼差しが、どこか「外人」が日本社会を見つめるときのそれと似ている、と感じていたのかもしれない。

 

今日取り上げるのは、そんな山本さんによる力作『現人神の創作者たち』筑摩書房

戦前、天皇は「現人神」(あらひとがみ)と呼ばれた。「この世に人間の姿で現れた神」という意味だ。どうしてこのような特異な概念が誕生したのだろう。

山本さんはその謎を探るべく、日本史を近世、中世にまでさかのぼり、どのような経緯で「現人神」が誕生したのかを分析していく。

あとがきにも書いているとおり、山本さんは、クリスチャンであった。

≪三代目のキリスト教徒として、戦前・戦中と、もの心がついて以来、内心においても、また外面的にも、常に「現人神」を意識し、これと対決せざるを得なかった≫(下巻277頁)

クリスチャンである山本さんが、キリスト教の教えと相いれない(ように見える)現人神なる概念と向き合いつづけた結果、世に出されたのが本著なのだ。

本著は、したがって山本さんのライフワークともいえる作品なのである。

 

……余談ながら。熱心な尊王家として知られる作家の佐藤優さんも、同志社大神学部で学んだクリスチャンである。クリスチャンはこのように、熱心な尊王家になることもある。この点、第二次大戦時に日系アメリカ人が米兵として誰よりも果敢に戦ったという話と、どことなく似ている。

 

本著の記述スタイルが面白いのは、中世近世の尊王思想と戦後日本の左翼思想とを比較しながら議論を進めていく点だ。

たとえば、(抽象名詞としての)「中国」。日本人はかつて中国をあがめていたが、その中国(明)は異民族の清によって滅ぼされてしまった。それから日本人にとって「中国」は現実の清とは異なる抽象的な概念となり、「日本こそが中国である」との発想すら生まれた。

これと似ているのが、「社会主義」。日本の左翼はかつてソ連をあがめていたが、そのソ連は実のところ専制国家に過ぎないことがスターリン批判などで暴かれてしまった。それから日本の左翼にとって「社会主義」は抽象的な概念となり、現実のソ連とは別の「本物の社会主義」を目指すべきだという話になった。

本著が書かれたのは東西冷戦真っ只中の1970年三島由紀夫切腹した年だーだったから、山本さんのこうした議論の進め方はさぞや当時の読者たちを刺激したことだろう。

 

本著を読んでいると、意外な事実に次々と出くわす。

後世の尊王思想に強い影響を与えた人物として栗山潜鋒(1671‐1706)が挙げられるが、彼は自らの著書『保建大記』において激しい「天皇批判と天皇政治責任の追及」を展開していたのである。

どうしてこれほど厳しい天皇批判が、むしろ後世の天皇礼賛へとつながっていったのか。ここではあえて書かない。気になる方は、ぜひ本著を読んでみてほしい。

 

実を言うと、本著とほぼ同じ内容を、より平易かつ親しみやすい文体で著した本がある。

社会学者・小室直樹さん(1932-2010)の『天皇畏るべし-日本の夜明け、天皇は神であった』だ。今から30年以上前の著作だが、幸いなことに近年復刊された。

『現人神~』を読んで「うーん、ちょっと難しいなぁ」と感じた読者は、まず小室さんの『天皇畏るべし』から読むことをお勧めする。そこから『現人神~』を読み直すと、だいぶ理解が深まることだろう。

なお、山本さんと小室さんは、大の親友であった。

 

本著を難しいと感じた読者に、もうひとつ朗報。

下巻巻末にて、「日本の正統と理想主義」という題の、山本さんの文章が載せられている。

ですます調で書かれたこの文章は、本著全体の分かりやすいアブストラクト(要約)となっている。本著の内容があまり頭に入らなかったという読者は、この「日本の正統~」を読んでから再度本著全体を読んでみると、だいぶ視界がクリアになることだろう。

 

現人神の創作者たち〈上〉 (ちくま文庫)

現人神の創作者たち〈上〉 (ちくま文庫)

 
現人神の創作者たち〈下〉 (ちくま文庫)

現人神の創作者たち〈下〉 (ちくま文庫)