Furusawa Keisuke's blog

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書評『其の一日』

本著は、文芸評論家・福田和也さんが戦前日本の偉人たちの「一日」を描いた、やや異色の作品である。

「一日」と言っても、何気ない日常を切り取って描く、というのではない。かといって、日本の転機となる重大事件の起こった一日を描く、というのでもない。

各々の偉人たちの人間性がよく表れているエピソードを福田さんが選んで、それを「一日」のなかで描いているのだ。

本著前書きによると、福田さんにとって≪書いていて、一番、愉しかったのが、本書≫(3頁)だったとのことである。

 

本著にて描かれる「一日」の大半は、明治時代のものだ。

本著を読んで強く感じるのは、明治というのはとても若々しくて、風通しの良い社会だった、ということである。

維新を成し遂げた明治の元勲たちは、実にのびのびとした感じで、この国を変革していったのだ。

とりわけそれを強く感じるのが、本著における明治天皇の章である(本著では明治天皇まで取り上げられている!)

戦前、天皇は「現人神」と呼ばれた。人々は、神を敬うように天皇を敬え、と教育されてきた。

ところがこの「現人神」に、実にフランクに接した人物がいた。

藤波言忠である。

明治天皇の学友としてともに育ち、天皇にとっては幼馴染ともいえる存在であった。

日清戦争開戦の折、清国との戦争に反対だった明治天皇は、政府に反発し宮中に引きこもってしまった。そんなとき、宮中にフラリと現れたのが、この藤波であった。

≪「御上よう、いい加減にしないと、いけねぇぜ。土方の爺さま、可哀想じゃないか。だいたい、御自分で裁可したくせに、大臣たちが勝手に戦争をおっぱじめた、なんていう言い草はないだろう」

聖上は、我慢していた。

「そりゃ、たしかに陸奥さんの遣り口が、御上の気に入らないのはわかるぜ。長いつきあいだからな」

女官たちは、次第に緊張していった。

「だけど、陸奥さんは、陸奥さんで、御国の事を考えてこそ、の事だろう。そういう役廻りの人も要るんだよ、国にはさ。それを吞み込んでの大御心だろう、そう元田の爺さんに教わったんじゃないのか」≫(143頁)

この引用箇所を読んで、藤波の口調があまりにフランクであることに、みなさん驚かれたかと思う。

明治にはこのように、「現人神」にタメ口で話ができる人材がいたのだ。

そしてそれこそが、明治日本という若き国家の健全さを象徴していたのである。

 

本著のトリをかざるのは、近衛文麿である。

本著にて描かれる近衛の「一日」は、昭和20年2月14日。このとき、もはや明治日本の若さ、健全さ、フランクさ、風通しの良さなどは、微塵もなくなっていた。

読者はその落差に驚き、そして嘆くに違いない。どうして日本は、こうなってしまったのか、と。

 

戦前日本がつねに権威主義的、全体主義的な社会であったと考えるのは、戦後日本人にありがちな勘違いだ。

今日、日本には、近衛の時代と同様、閉塞感が充満している。

今こそ、明治の美風を取り戻すべきときではないのか。

 

其の一日: 近代日本偉人伝

其の一日: 近代日本偉人伝

 

 

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