Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『はじめたばかりの浄土真宗』

僧侶の釈徹宗さんと哲学者の内田樹さんは、どちらも名文家として知られる。

釈さんは、以前このブログで取り上げた『宮崎哲弥 仏教教理問答』でも対談者のひとりとして登場した。とても話術のたくみな人で、彼の文章を読むと、吸い寄せられるように一気に読んでしまう。不思議なものだ。

(これはちょうど、高級な日本酒が、まるで水のようにグイグイ飲めてしまうのに似ている)

内田さんのほうもー彼の政治的スタンスには共感しないもののーやはりエッセイストとして優れている。

本著は、そんなふたりの名文家による往復書簡をまとめ、書籍にしたものである。

 

文体こそ平易だけれども、本著からは浄土真宗の「深さ」が伝わってくる。

思えば、浄土真宗というのは、実に奇妙な仏教だ。仏教と言うよりかはむしろ、キリスト教に似ている。

僕の記憶が確かならば、たしか社会学者の小室直樹先生は、親鸞仏教キリスト教にした、と喝破したはずである(記憶違いだったらスイマセン…)

本著を読んでいても、浄土真宗キリスト教(のプロテスタントにやっぱり似ているなぁ、という印象を強く持った。

たとえば釈さんは「真宗的倫理の特性」という章(112頁)で、真宗の特性のひとつとして「行動的禁欲」を挙げている。これこそ、マックス・ウェーバープロテスタンティズムの特質として注目したaktive Askese(行動的禁欲)そのままではないか!

釈さんはまた、こうも述べている。

≪在家仏教である浄土真宗は庶民生活に経済倫理や職業倫理を生み出しました。これは、よくプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神に比されるところです。

 ご存知、ウェーバーの説によれば、資本主義経済の離陸には資本主義の精神やエートスと呼ばれる勤勉な労働倫理が必要だった、ということになります。その役割を、日本では浄土真宗石田梅岩の商人道などが果たしてきたわけです。≫(118頁)

真宗がさかんであった近江国(現在の滋賀県は、商業が盛んであった。いわゆる「近江商人」というやつである。

やはり、宗教が似ていると社会も似る、ということなのだろうか。社会学的に、とても興味深い話である。

 

釈さんの仏教の話を、内田さんは現代思想の観点から考察していく。やや抽象的ながら、この点も興味深いものがある。

内田さん、もうアクチュアルな政治の話なんかしないで、純粋に思想・哲学の話だけしてくれればいいのに、と思った(w

 

はじめたばかりの浄土真宗 (角川ソフィア文庫)

はじめたばかりの浄土真宗 (角川ソフィア文庫)