Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『天皇の影法師』

作家の猪瀬直樹さんに、僕は一度だけ、お会いしたことがある。

 

「性格はちょっとアレだけど、頭はめっぽう良い」ーーこれが、彼に対する僕の率直な印象である。

「えぇ? 『性格はちょっとアレだけど』なんて言っちゃっていいの? 猪瀬さんに失礼じゃないか?」と読者諸賢からはお叱りを受けるかもしれない。

ごもっともだが、僕としてはむしろ「頭はめっぽう良い」という後半部分にこそ力点を置きたいのである。つまりは、誉め言葉なのだ。なにとぞ、ご了承を…。

 

本日ご紹介するのは、そんな猪瀬さんのノンフィクション『天皇の影法師』中央公論新社である。

本著は全部で4章からなる。第1章は、本来ならば大正の次に来るはずだったとされる幻の元号「光文」をめぐる、新聞記者たちのお話。

第2章は、崩御した天皇の棺を先祖代々かついできたという、「八瀬童子」と呼ばれる人々のお話。

第3章は、再び「光文」の話題に戻り、その真相に迫る。

第4章では、一般での知名度がなぜか低い松江騒擾事件が取り上げられる。

 

今上天皇の退位が取りざたされ、巷間ではにわかに「平成の次」の元号への関心が高まった。

これはなにも今に始まった話ではない。本著を読むとどうやら、いつの時代でも「次の元号」への人々の関心は高かったようだ。

一世一元の制のもとでは、「次の元号」は今上天皇の死と直結するため、戦前であればなおのこと不謹慎な話題であったことだろう。が、むしろそれゆえに、かえって人々の好奇心を刺激したに違いない。

大正天皇崩御に前後して報道合戦は加熱、そこからメディア史に残る「光文事件」が発生することとなる。一部メディアが、大正の次の元号は「光文」に決まった、との誤報を流してしまったという事件である。

 

はたして光文は、本当に大正の次に来るはずだった元号なのだろうか。それとも…

猪瀬さんは丹念な資料収集、関係者への取材によって、光文の謎へと迫っていく。そうしてついに明らかとなった光文事件の真相とは。

もちろんこのレビューでネタバレなどという野暮なことはしない。興味を持たれた方はぜひ本著を手に取って読んでもらいたい。

……まぁちょこっとだけ書いてしまうと、猪瀬さんは森鴎外の墓などという、実に意外なところに着目するのである。

 

ノンフィクションの土台となる豊富な資料はもちろんのこと、本著は文体も非常に格調高い。

読了後、「ノンフィクション作家・猪瀬直樹」の底力をまざまざと見せつけられた思いがした。

猪瀬さん、いっそ東京都知事なんぞにならず、ずっと物書きの仕事に徹していたほうが、良かったのかもしれませんね。

 

天皇の影法師 (中公文庫)

天皇の影法師 (中公文庫)