Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『ウィーン愛憎』

ウィーンという都市に対して、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるだろうか。

 

音楽の都、中欧の文化の中心、ハプスブルグ帝国の栄華…

おそらく、多くの日本人は、かの都市に対しポジティブなイメージを思い浮かべるに相違ない。

 

今日ご紹介する本、『ウィーン愛憎 ヨーロッパ精神との格闘』中央公論社は、しかしながら日本人の抱くウィーンのイメージを悪い意味で塗り変えてしまうかもしれない著作である。

著者は、哲学者の中島義道さん。中島さんが哲学の勉強のため、ウィーンの大学へ留学していた際の経験を一冊の本にまとめたものである。

 

本著を読んでいてまず驚かされるのが、ウィーン人の自己主張の強さ。

普段からナァナァで事を収めてしまう我々日本人とは異なり、ウィーン人は決して自らの立場を譲ろうとしない。客観的に見て明らかに自分に非がある場合ですら、彼らは絶対に自らの非を認めないのだ。

当然、彼らとのコミュニケーションには、強い緊張感が伴う。

 

このほかに印象的なのが、彼らの日本への偏見だ。

中島さんがこの本を書いたのは、ちょうどバブルの頃である。当時、日本の経済力はピークに達していたとはいえ、それでもウィーン人はじめ欧米人の日本への眼差しには、どこか侮蔑の感情が込められていた。

ちょうど今日の我々が、中国人観光客につい侮蔑の眼差しを向けてしまうのと同じように、である。

中島さんは一方で、我々日本人も欧米人に対して卑屈な態度をとってしまいがちであることを批判的に書いている。

本著におけるこれらの記述は、読者に何とも言えない後味の悪さをもたらすことだろう。

 

…さて、実を言うと僕も、ウィーンには一度行ったことがあるのだ。

僕が行った1月のウィーンはまるで冷凍庫のような寒さで――否、冷凍庫「のような」ではなく、実際に冷凍庫と同じくらいの寒さだったのだろう。なにせ氷点下が当たり前の季節であるーー外に出るのが本当に嫌で嫌でしょうがなかった。中島さんも、欧州の冬の寒さにはさぞや苦しめられたことだろう。

 

話はややそれるが、僕と中島さんにはもうひとつ共通点がある。ともに経由地のフランクフルト空港にて忘れ物をして慌てた経験があることだ。中島さんは大事なバッグを忘れて大慌てになったという。僕もせっかく買ったお土産をターミナル内の座席に置き忘れたことに気づき、慌てたことがある。欧米のことだからもうきっと誰かに盗まれてしまったろうと諦めかけていたら、僕の座っていた座席にちゃんとお土産はあった。僕はドイツ人を見直した。

 

滞在期間がたった数日だけだったからかもしれないが、僕個人はウィーンという街に好印象を抱いた。

このときは隣国の首都ブダペストも訪れたのだが、ブダペストは歴史的建造物が多く、いかにも「古都」といった趣である。

対してウィーンは、外観こそ古典建築だけれどもその中は超モダンな内装、という建物が多くあり、伝統と革新とが調和している良い街だと思った。

もっとも、滞在期間が数ヶ月にまで伸びれば、徐々にかの街の嫌な面が見えてくるのかもしれないが。

 

本著末尾は、意外にもこう締めくくられている。

≪本当に私はウィーンでよく喧嘩したものである。悲しいこと、つらいことが来る日も来る日も津波のように押し寄せてきた。だが、楽しいこと、感謝すべきことは、はるかに多かったのである。≫(200頁)

…えぇっ!? 本著ではほとんど、愛憎の「憎」の部分ばかり描かれている印象があるんですけど??(w

 

ウィーン愛憎―ヨーロッパ精神との格闘 (中公新書)

ウィーン愛憎―ヨーロッパ精神との格闘 (中公新書)