Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『中国の歴史 神話から歴史へ』

どこの国にも、<歴史のロマン>というものがある。

 

日本の場合、それは「邪馬台国はどこにあったか」となろう。畿内だ、いいや九州だ、というのでいまだに論争は続いている。

では、中国ではどうだろう。

中国の場合、それは「夏王調は実在したか」となる。

(か)王朝とは、『史記』に登場する中国最古の王朝のことだ。

現在、考古学的に実在が証明されている最古の王朝は、殷である。が、『史記』によれば、その殷よりさらに前に、この夏があったとされているのだ。

 

今日取り上げる『中国の歴史 神話から歴史へ』講談社は、講談社の「中国の歴史」シリーズの第1巻。伝説の王朝・夏王朝の実在性に鋭く迫っている。

 

本著によれば、殷より前の時代の遺跡は、実を言うとすでに見つかっているのだという。

二里頭遺跡」と呼ばれる遺跡がそれだ。

ではその二里頭遺跡こそ、夏王朝実在の証拠なのか。

ところが事はそう単純でもないらしい。

≪文献史料で語られてきた夏王朝とは、ほぼ二里頭文化を指すことが明らかとなってきた。ただし繰り返すようではあるが、夏王朝が二里頭文化を指すからといって、文献史料で示された夏王朝の内容が実証されたとは限らない。(中略)

 なぜなら証拠とされる文献史料は、戦国時代以降の歴史観を背景に物語られたものであり、殷王朝などが甲骨文字や金文資料といった同時代の文字資料からその歴史が実証化される場合とは大きく異なるのである。≫(311頁)

つまり、殷以前になんらかの文化が存在したのは間違いないのだが、それが後世の歴史書で語られるところの「夏王朝」とイコールで結べるかのどうかはまだ分からない、というのだ。

著者は、二里頭文化を一応、夏王朝と呼んではいるが、夏王朝と呼ぶことから、読者が頭の中に事前に持っている王朝という文明化されたイメージでこの時期を見ないでいただきたいのである。その王朝自身の実態が謎だからである≫(312頁)とくぎを刺している。

 

もっとも、本著を読んでいて気になったのは、日本はともかく中国の側は、この二里頭文化を明らかに史書の言うところの「夏王朝」と(おそらくは意図的に)同一視しているように思えてならないことだ。

中国では現在、夏・殷・周の歴代王朝の年表を科学的に明らかにする「夏殷周三大断代工程」なるプロジェクトが進められているという。

中国がこのようなプロジェクトを推進する理由はなにか。

本著では夏殷周三大断代工程とは、経済発展を遂げた中国が新たな民族意識のまとまりのために、古代の先進文明として自国を位置づけることにあるといえよう≫(54頁)と、やや穏健な物言いで説明している。

僕に言わせれば、中国共産党は「夏王朝」を国威発揚のネタとして利用している、ということだ。

東西冷戦体制が終結し、マルクス主義がかつてのような知的ヘゲモニーを喪失した以上、共産党政権がマルクス主義に代わるイデオロギーとしてナショナリズムを利用し、それによって自らの独裁政権を維持したいという意図を持っているのは明白である。

歴史は、政治から自由ではありえない。冒頭で述べたような<歴史のロマン>すらも、政治は容赦なく道具として利用する。

本著を読んで、夏王朝のロマンに胸ときめく一方、何とも言えない後味の悪さもまた感じたのだった。

 

神話から歴史へ(神話時代 夏王朝)

神話から歴史へ(神話時代 夏王朝)