Furusawa Keisuke's blog

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書評『帝国海軍と艦内神社』

ゲーム『艦これ』のおかげで、旧帝国海軍の軍艦に関心を持つ若い人が増えている。

 

僕はというと…あいにく、軍事には明るくないのだ。

そのため、本著『帝国海軍と艦内神社』祥伝社を読むまでは、恥ずかしながら「艦内神社」なるものが存在したことすら、全く知らなかった。

著者は、久野潤さん。1980年生まれ、30代の気鋭の保守論客のひとりだ。

 

艦内神社というのは、軍艦のなかにもうけられた小さな神社のことである。

日本の軍艦は、主に地名にちなんで名づけられているため、その土地ゆかりの神社を勧請してまつることが多かったらしい。

たとえば、『艦これ』でもおなじみ戦艦「長門」は、長門国(現山口県一之宮である住吉神社を勧請。これまた『艦これ』でおなじみ空母「加賀」は、加賀国(現石川県)一之宮の白山比め神社を勧請していたという。

 

本著の第四章「艦内神社の分霊元を訪ねて」では、実に本著全体の半分近くものページを割いて、旧帝国海軍の軍艦の分霊元が掲載されている。そのデータの豊富さに圧倒される。

興味深いのは、樺太の神社までもが勧請されているという事実だ。

巡洋艦「鈴谷」は、樺太流れる鈴谷川にちなんで名づけられた。そのため、当時は日本領であった樺太の、樺太神社が勧請されたのだ。

 

それにしても、軍艦にまで神をまつるという日本人の発想が、実に面白い。

艦内神社に限らず、近代日本人は「飛行神社」なる神社まで建立してしまった。いうまでもなく、空の安全をつかさどる神社である。

久野さんは、こう書いている。

≪世界の歴史上、ある国が近代化/産業化すれば、その国古来の文化・伝統を切り崩しながら発展してゆくのが常識である。ところが我が国においては明治維新による近代化以降も、最先端技術の守り神は、逆にもっとも古い神々なのであった。世界に誇れる最新の帝国海軍の軍艦も、艦内神社というかたちで神々にまもられていた所以である。≫(85頁)

そのうち、「インターネット神社」や「リニアモーターカー神社」まで建立されるかもしれない。

 

日本人が無宗教だというのは、嘘だ。日本人は21世紀の今日でもなお、神道を信仰しているのである。

 久野さんは、以下のように述べて本著のあとがきとしている。

歴史学者の端くれとして、かつて日本人にとって、日本の国防にとって神社(神々)はこういう存在であった、それがたとえばいわゆる「国家神道」によって上から強制されたものではなく、古来の自然な信仰によるものであったということを、まずは静かに伝えてゆきたい。

 そうした想いで筆をとったのが本書である。本書を読んでくださった方々が、ではなぜ現在「政教分離」なる抽象的な言葉が幅を利かせて日本人が神道について神経質になっているのか、あるいは“戦前の反省”というこれまた抽象的な建前で、命がけで戦った先人たちの自然な心の支えが今なぜ否定的に取り上げられるのかといった問題意識を共有してくだされば、これにまさる喜びはない。≫(248‐249頁)

 

…これは蛇足であるが。本著を読んでいる間、僕の頭の中ではどういうわけだかB'z『OCEAN』が絶えず流れていた。

 

帝国海軍と艦内神社――神々にまもられた日本の海