Furusawa Keisuke's blog

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書評『隠岐島コミューン伝説』

隠岐島コミューン」とは、いったい何だろう。

 

コミューンとは本来、自治的共同体のことを指すが、学校教育を受けた我々現代日本人がコミューンと聞いて真っ先に思い浮かべるのは、「パリ・コミューン」なのではないか。史上初の社会主義政権といわれる自治体である。

あるいは、戦後のヒッピーたちの共同体も、コミューンと呼ばれていたっけ。もっとも、こちらの実態はただの「ヤリサー」だったようだけど。

 

話を戻す。「隠岐島コミューン」とは、明治維新直後の隠岐国(現島根県に一時的に誕生した、島民による自治共同体のことである。

本著『隠岐島コミューン伝説』は、そんな幻の隠岐コミューンに迫ったノンフィクションである。

著者は、評論家の松本健一さん(1946‐2014)。おもに戦前右翼に関する著作で知られている。

 

明治初期、「廃仏毀釈」なる運動が起こった。中世以来、融合していた仏教神道とを強引に分離し、前者を破壊するという、なんともブルータルな運動であった。

この廃仏毀釈が徹底して行われたのが、奈良県南部の山奥にある十津川と、隠岐であったのだ。

地図を見れば一目瞭然だが、十津川と隠岐とは遠く隔たっている。ではこれら二地域の共通点は何か。

どちらも尊王の志向が強く、中央から隔てられているため古来より自治意識が高かったのだ。

そして、中沼了三(1816‐1896)というひとりの儒者をいわば触媒とすることで、似た者同士だったこれら二地域は連動して廃仏毀釈を行い、隠岐はコミューンを起こしたのである。

その具体的経過については、ぜひ本著を読んでほしい。

 

それにしても松本さんは、どうしてまた、よりにもよってこんな地味な(←失敬!)題材を扱おうと決めたのだろう。

あとがきにて、彼はこう述べている。

≪わたしは人から、よくそのようにつぎつぎと書く材料が見つかりますね、といわれる。しかし、わたしが好きな材料を選んで書いているのではないのである。そうではなくて、歴史のなかに沈んでいる死者たちに選ばれて、わたしは書きつづけさせられているのだ。死者が生者としてのわたしをとらえ、何年もとらえられたまま逃げられないと意識することによって、わたしはその死者たちの像を、沈黙の底にある思いを、そうしてその歴史における位置を描こうとしてきたのである。≫(189頁)

「書きつづけさせられている」というのは、なかなかにすごい表現だ。

松本さんは、コミューンを起こした隠岐の先人たちの霊に呼ばれ、導かれて、この本を「書かされた」のに相違ない。

 

以前にも書いたように、戦前右翼の大物・北一輝は霊感のある人物で、霊との交信を日記に残していた。

松本さんの場合、北と違って心霊現象を体験していたとは思えないが、なんと言えばいいか、より広い意味での“霊感”が備わっていたのだろう。

 

隠岐島コミューン伝説 (松本健一伝説シリーズ)

隠岐島コミューン伝説 (松本健一伝説シリーズ)