Furusawa Keisuke's blog

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書評『右翼・ナショナリズム伝説』

評論家の松本健一さん(1946‐2014)は、おもに戦前右翼をテーマとした著作で知られる。

 

それも、外部から右翼を論評するというのではなく、作家・佐藤優さんのよく使う言葉を借りれば、彼らの「内在論理」を解き明かそうとしたのである。

言うなれば彼らの代弁者となったわけだから、きっと松本さんは右翼からさぞや感謝されたのだろう。

……と思いきや。

実際に松本さんを待ち受けていたのは、むしろ右翼からの脅迫であった。

 

本著『右翼・ナショナリズム伝説』河出書房新社は、そんな松本さんと右翼団体との闘いの記録である。

本著を読んでいて驚かされるのは、右翼のテキトーさ。

たとえばある右翼人は、かつて「松本健一なんていうのは殺されなくちゃいかん」とまで言い、気炎を上げていた。ところがその20年後、彼は座談会の席で松本さんに「それは私が至らないところで、すみません」とあっけなく謝ってくれたのだという。

もっとも、こうして謝ってくれるのはまだいいほう。もっとひどいと、かつて「松本をつかうな、かれに原稿なんか書かせるな」と厳命していた右翼人が、20年後には「おれ、そんなことをいったかな」とケロリと忘れ果てている、といった次第である。

僕には、右翼のこういうテキトーさが皮膚感覚でよく分かる。そしてそれは、同時に彼らの魅力でもあるのだろう。

 

それにしても、松本さんがどうして右翼に叩かれたのかが、そもそも理解できない。松本さんほど、右翼の身になって真摯に考えてくれる物書きは他にいないと思うのだが。

これもまた、右翼のテキトーさの一例、なのだろうか。松本さんにとってはとんだ迷惑だったろうが。

 

終章。松本さんは、右翼はどこへ行くのか、と問いかける。そして、自答する。

右翼は、大東塾に象徴されるような日本=原理主義的な運動の方向へと行くだろう、と。それは「美」的な天皇を日本の原理として掲げる思想営為となるだろう、と。

松本さんが本著を書いたのは1995年のこと。その後、日本はいわゆる「ネット右翼」の時代となる。

この時の松本さんの予想とは全く異なるタイプの<右>が出てきたのだ。

そして2010年代の今日、日本に「政治の季節」が再来した。半世紀前とは全く異なった意味での<右>と<左>とが激突する時代となったのである。

すでに鬼籍に入った松本さんは、現下の日本を、どう眺めているのだろう。

 

右翼・ナショナリズム伝説

右翼・ナショナリズム伝説