Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『クルアーンを読む』

先日は仏教の本を取り上げたので、今日はイスラームの本を取り上げることにしようか。

…という理由で選んだわけでもないのだが(w)、本日ご紹介するのは、イスラーム法学者・中田考さんと社会学者・橋爪大三郎さんによる対談本『クルアーンを読む』太田出版である。

対談本と言っても、実際には橋爪さんがインタビュワーとなってイスラームについてあれこれ質問し、それに対して中田さんが答えていく、というかたちになっている。

 

中田さんの著書を読むたびに、感心することがある。

それは、中田さんがたいへん博識であり、かつ高い論理的思考能力を備えた知識人だということである。

本著でも、中田さんは実に聡明だ。橋爪さんがなにか質問するたびに、打てば響くようにポンと明快な答えを出す。

 

中田さんの明晰な説明に触れて、僕が長い間抱いていた疑問がひとつ、解けた。

ムスリムは、聖典クルアーンコーランを燃やされたり破られたりすると猛烈に怒り、抗議デモを起こすこともある。

僕はこれに、前々から疑問を抱いてきた。

 

クルアーンを燃やされて怒るというのは、イスラームの禁じる偶像崇拝ではないのか?

 

中田さんの説明によると、クルアーンを構成する紙自体ー「ムスハフ」というらしいーはただの被造物なのだが、そこに書かれている言葉は神の属性、すなわち神の一部であると考えられるのだそうだ。

ムスリムクルアーンを燃やされて怒るのは、紙そのものに価値があるのではなく、そこに書かれている神の言葉(=神の一部)が毀損されたから、というのがその理由のようだ。

 

賢人同士の対話を聞いていると、それまで抱いてきた世界観が相対化されていく。

本著を通じて中田さんが繰り返し強調しているのが、シーア派の危うさ。中田さんはスンニ派の人なので、スンニ派の立場からシーア派の教義についてあれこれと批判していくのだ。

ではスンニ派はマトモなのか。一概にそうともいえない。ISーいわゆる「イスラーム国」ースンニ派だからだ。

だが中田さんや橋爪さんの話を聞いていると、たしかにISにもかなり問題はあるのだが、同時にシーア派のイランやスンニ派の湾岸諸国のほうにもいろいろと問題があることが分かってくる。

特に湾岸諸国の腐敗した独裁体制に対しては、橋爪さんはインテリとしてはやや珍しく、「寄生虫」とかなり厳しい言葉で非難している(132頁)。橋爪さんの意外な「アツさ」が垣間見える一幕だ。

 

上述のとおり、本著は対談本というよりかは、インタビュワー・橋爪さんによる中田考インタビュー、といった趣きである。

だが、そんな印象がやや変わるのが、最終章だ。

ここに至って中田さんはついに、持論であるカリフ制度再興を主張するのである。

カリフとは、ムハンマドの後継者としてイスラーム世界全体を率いる宗教指導者のこと。1924年オスマン帝国崩壊に伴いこのカリフ制が廃止されて以降、イスラーム世界にはカリフが存在しないという(中田さんに言わせれば異常)事態になっている。

中田さんの夢は、そのカリフ制を現代に再興することなのだ。

だが橋爪さんは、中田さんの考えるカリフ制は空想的に過ぎるのでは、と詰め寄るのである。橋爪さんは言う。あなたの言うカリフ制はコミンテルンの世界革命論と似ている。だがソ連だって最終的には滅んだではないか、と。

第三者の僕の目から見ても、率直に言って、中田さんのほうが旗色が悪い。

中田さんは、相変わらず論理的ではある。だが、「論理的である」ことと「現実的である」こととは、全くの別問題なのだ。

中田さんのカリフ制再興論は、確かに思想としては興味深い。そこから汲み取るべきものもあるだろう。が、やはり現実味は乏しいように僕には思えるのだ。僕は中田さんを知識人として尊敬しているが、この勝負、僕は橋爪さんのほうに軍配を上げたい。

 

やや話はそれるが、これは改憲派憲法無効論者の対立にも通じる問題である。

改憲派が現行憲法を前提としてその改正を訴えるのに対し、憲法無効論者はそもそも現行憲法は無効なのであり、その改正を訴えるのは現行憲法を暗黙のうちに承認することに他ならないとして、改憲派を批判する。

僕は、改憲派である。だが改憲派の僕から見ても、憲法無効論者のほうが論理的だと感じる。現行憲法の成立過程は、確かにかなり強引なものだったからだ。だが現実問題として、すでに70年以上も運用されている現行憲法を無効とすることなど、果たしてできるだろうか。

憲法無効論は論理的ではあるが、現実的ではないのである。

 

イスラーム世界三大宗教のひとつであり、今世紀中にはその信者人口はキリスト教のそれを超えて世界一の座に躍り出る、と予測されている。

イスラームに対する知識が求められる今、イスラーム法学者・中田考の存在感はますます高くなる一方である。

 

クルアーンを読む (atプラス叢書13)

クルアーンを読む (atプラス叢書13)