Furusawa Keisuke's blog

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書評『霞が関をぶっ壊せ!』

昔、小学生のころに愛読していたのが、「漫画で分かる日本の歴史」だ(正式なタイトルは忘れてしまった)

 

この本の巻末には日本史の年表があり、そこには各時代の主権者が書かれてあった。

室町時代なら足利氏、江戸時代なら徳川氏、といった具合に。

では第二次大戦以降については、主権者は何と書かれてあったか。

国民?

それが模範解答のように思えるが、この本はそうではなかった。

驚くなかれ、そこには「官僚」と書かれてあったのだ。

カ、カンリョウ……??

いかんせん当時はまだ子供だったから、官僚なんて言われてもなんのことだかよく分からない。母親に訊いてみると

「えー! 何、主権者が、官僚~????wwww」

と声に出して笑っていた(無理もない話だ)

 

そう、この国の事実上の主権者は、国民ではなく官僚である。

その官僚と死闘を繰り広げたのが、元大蔵官僚の高橋洋一さんだ。

今日ご紹介するのは、高橋さんが、第一次安倍政権、福田政権時代に自らが関わった公務員制度改革について振り返った回顧録『霞が関をぶっ壊せ!』東洋経済新報社である。

高橋さんについては、以前本ブログでも著作を取り上げたことがあるから、まだ記憶に新しい読者諸賢も多いことだろう。

 

高橋さんは、現下の日本の官僚制の問題点を、「天下り」と「縦割り行政」だと見ている。

これらの弊害が起こる原因は、何か。それは、日本の官僚制があまりに政治から独立しすぎていることによる。

 

高橋さんは本著のなかで、日本の官僚制とアメリカ、ドイツなど欧米諸国のそれとを比較検討している。

アメリカは、完全に政治主導。共和党から民主党へ、あるいは民主党から共和党へと政権が移るたびに、主要官僚の顔ぶれがガラリと変わる。任用されるのは民間人である。このことは日本でも有名だろう。

それに対し欧州諸国では、幹部公務員は政治家によって職業公務員のなかからピックアップされるという仕組みになっている。

こうした違いはあるものの、政治家によって上級公務員が任用されるという点では、米欧とも同じである。高橋さんは言う。

≪日本の公務員制度改革でも、「すべて変えるのか」とよく誤解されるが、それは正確ではない。改革はトップ層が中心で、キャリア制度を見直すということだ。

(中略)

 さらに今回の改革のポイントは、公務員の中立性は守るけれども、政治主導も強化するというところにある。そのことによって大きく影響を受けるのは、幹部など上級公務員に限られる。≫(221頁)

高橋さんは、公務員の政治的中立性を必ずしも否定はしない。彼は、政治主導と公務員の中立性とのバランスをとることで、天下りなどの弊害を除去しようとしたのである。

 

高橋さんと官僚制との闘い。それはまさしく、頭脳と頭脳が激突する、死闘であった。

以下のような驚くべきエピソードが紹介されている。

当時の竹中平蔵大臣のもと、高橋さんが政策金融機関の民営化にかかわったときのこと。

経済財政諮問会議の最初のペーパーから「完全民営化」という言葉を使い、もちろん法案にもそう書いた。ところが最終段階の持ち回り閣議で、事務方が持ってきた法案には「政策金融機関を完全に民営化する」と、なぜか「に」の一文字が加えられていたのである。

 一般の人には理解しにくいことだが、霞が関の世界では「完全民営化」と「完全に民営化」とは意味が違う。「完全に民営化」ならば三つの形態(註:完全民営化、特殊会社化、政府が根拠法律だけを持つ農林中央金庫のような形態)のうちどれを選んでもいいことになり、「完全に特殊会社化する」という道もありうるのである。

「に」の一文字を滑り込ませるだけで、中身をまったく違うものに変え、しかも通常の閣議でなく、持ち回り閣議にかけたのも狡猾だ。≫(141頁)

なんということだろう。たった一文字の助詞「に」があるのとないのとでは、意味がまるで違ってしまうというのだ!

頭の悪い僕にはこの理屈がイマイチよく分からないのだが、とにかく霞が関の官僚は「てにをは」のたった一文字をひねるだけで、莫大な利権を動かせる存在なのだ。

俗に言う、「霞が関文学」。これがその実例である。

いやぁ、恐ろしい…。こういうことって、本当にあるんですね。

たったひらがな一文字を追加するだけで法案を変えようとした官僚もすごいが、その狙いを瞬時に見抜ける高橋さんも、さすがである。

 

第一次安倍政権下で第一次公務員制度改革が、福田政権下で第二次公務員制度改革が、紆余曲折はあったものの、成った。

それでもこの国の官僚制の弊害は、まだまだ完全に是正されたとはいいがたい状況である。

天下りの問題にしても、公務員制度改革後もなお、文科省天下りを斡旋していたことが明るみになっている(※)

※この一件で辞職したのが、加計学園問題でどういうわけだか「理想の官僚」として持ち上げられてしまった、あの前川喜平である。

この国の主権者は、まだまだ官僚である。

真に「国民主権」の国になるためには、さらなる改革が求められよう。

 

霞が関をぶっ壊せ!

霞が関をぶっ壊せ!