Furusawa Keisuke's blog

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書評『ローマ教皇とナチス』

ナチス台頭期にローマ法王の地位にあった、ピウス12世(1876‐1958)

本著は、彼の生涯に焦点を当てた新書である。著者は、ドイツ・ユダヤ人史を専門とする、大澤武男さん。

 

ナチス台頭期、ローマ・カトリック教会はこの全体主義政党によってたびたび迫害を受けた。にもかかわらず、迫害の詳細を伝える現場の神父たちの声を、法王ピウス12世は無視し続け、ドイツとの友好関係を維持したのである。

なぜか、というのが本著のメインテーマ。

結論から言ってしまうと、それはピウス12世が「いい人」だったからである。

 

「?? ナチスを擁護した法王が、いい人? 何ソレ??」

皆さん、頭が混乱していることだろう。

この場合の「いい人」とは、「性格のいい人」、「頭のいい人」、両方の意味を含む。

え、ますますわからなくなったって?

…結局、性格のいい人――いわゆる「優等生キャラ」――というのは、あらゆる国、あらゆる方面に気を配りすぎてしまうのだ。

また、頭のいい人は、その(地)頭の良さゆえに、自らの言動、自らの下した決断がいかに周囲に影響を及ぼすかについて、考えすぎてしまうのである。

※その分かりやすい例がオバマ前大統領である。

 

我々は、ナチスが滅んだ現代だから、遠慮なくナチスを非難することができる。

だが、ピウス12世が生きた1930年代の世界であれば、どうだったか。

この当時、ナチスドイツは、ヴァチカンのお膝元・イタリアの隣国として、そして国際社会において影響力を行使しうるアクター(行動主体)として、現前していた。

ヴァチカンにとってさらにまずいことには、東方に無宗教国家・ソ連が存在していたのである。

ソ連による欧州共産化の脅威に立ち向かうにあたって、外交努力が実を結びさえすれば、反共のナチスは、ヴァチカンにとってあるいは強力な味方となってくれるかもしれぬではないか!

思慮深いピウス12世のことだから、戦時中、もしドイツとの関係が悪化すれば、ローマ市はただちにドイツ軍に占領され、ヴァチカンの人間やカトリック教徒のレジスタンスなどに人的被害が及ぶおそれも考慮に入れていたに違いない。

 

隣国を安直にナチスにたとえるのは慎むべきだろうが、今の中国を考えると分かりやすいかもしれない。

「中国は日本の大切な隣人です。その中国を悪く言うなんてヘイトスピーチです!」と言う「いい人」は、まだまだこの国に多い。

だがある日、未来から我々の子孫がタイムスリップしてきたとしたら、どうだろう。彼ら未来人が

「20XX年、強大な帝国主義国家となった中国は、もはや日米欧の自由主義諸国など気にすることなく、世界中で傍若無人な振る舞いをしているのですよ! どうして2010年代のあなたがたは、中国の拡大を手助けするようなことばかりしてきたんですか! 今のあなたがたが中国を甘やかしさえしなければ、20XX年の世界は…」

と涙ながらに非難してきたら、我々はいったい彼らにどう反論すればいいというのだろう。

「そんなこと言っても、隣国を安直に脅威だと煽るのはよくないし、我々の外交努力次第では中国は国際社会のルールを尊重してくれるようになるかもしれないし、それに現実問題として中国とこれほど経済的結びつきが強くなっている以上…」

云々と反論する「いい人」に、ピウス12世を批判する資格はない。

 

いい人が、いい人であるがゆえに、ナチスという巨大な悪を擁護してしまう。

…僕にとって、本著はいろいろと考えさせられる本であった。

 

ローマ教皇とナチス (文春新書)

ローマ教皇とナチス (文春新書)