Furusawa Keisuke's blog

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書評『私はなぜイスラーム教徒になったのか』

イスラーム法学者・中田考さんの著作については、本ブログでもたびたび取り上げている。

今日ご紹介するのは、中田さんの『私はなぜイスラーム教徒になったのか』太田出版

タイトルのとおり、中田さんが自らの半生を振り返った著作である。表紙の中田さんがなんとも凛々しい。

 

本著の第1~2章までは、イスラームの教義の解説である。たしかにこれはこれで興味深いのだが、僕が個人的に面白いと感じたのは、続く第3章からだ。ここから、中田さんの半生が語られるからである。

中田さんは、将棋が好きな(※)、孤独な少年であったという。

※中田さんの将棋好きは現在に至るも相変わらずであり、自身のtwitterアカウントにてスマホアプリ「将棋ウォーズ」の棋譜をよくアップロードしている。

大学に入ったころには一神教への関心がだいぶ高まっており、なかでもイスラームが論理的であるし、またラクだから、という理由で入信したのだという。

「えっ、イスラームが、ラク!?」と皆さん意外に思われるかもしれない。断食を行うイスラームにはどうしても「戒律が厳しい」というイメージがついてまわるからだ。

たしかに厳しい戒律はあるが、その一方でイスラームには、「入信するのがとても簡単」という一面もある。なにせ、ふたりのムスリムの前で信仰告白をすれば、それだけで十分、というのだから。

 

日本の大学を卒業して後、中田さんはイスラームを学ぶため、本場・エジプトへと留学する。

このあたりの話は、以前ご紹介した中島義道さんの『ウィーン愛憎』と似ている。トラブル続きだったようだ(;^_^A

中田さんのエジプト滞在記は、単にエッセイとして面白いだけでなく、日本人には馴染みの薄いサラフィー主義スーフィズムなどの知識も得ることができ、とても有益である。

このうち中田さんが専門に研究したのは、サラフィー主義のほう。これは、現代のイスラーム過激派へとつながる思想である。

もうひとつのスーフィズムのほうは言うと、実はサラフィー主義とは犬猿の仲。

しかし中田さんは、自らの専門の思想と敵対する思想もまた真摯に研究しなければ駄目だと感じ、スーフィズムの人々とも交流を持ったのだという。

この点に、中田さんの研究者としてのフェアネスを見て取ることができよう。

 

さて、本著終盤にて、中田さんはイスラーム世界の融和のために日本が果たせる役割について、期待を寄せている。

たとえば、アフガニスタンイスラーム原理主義勢力・タリバンとアフガン政府の人間とが、対話のための会議を日本でひらく、といったことが、現に行われたのだという。

中田さんによると、タリバンの人々は会議終了後、大阪のヨドバシカメラにて子供たちのオモチャを買い、セーラームーンの人形(フィギュア?)ガンプラの売り場を見て歩いたのだという。

あのタリバンが、ガンプラ……なんだか想像するだけで、笑えてしまう(;^ω^)

 

本著のなかで、中田さんは以下のように述べている。

≪私の中にはイスラーム世界と日本人に向けて、二つの異なった目標が生まれました。イスラーム世界に対しては、アッラーへの絶対服従を目指して精進する求道者たちとともに、イスラームの理想を裏切る現状を改革する道を学問的に明らかにする。日本人に向けては、ムスリム世界では善人も悪人も賢者も愚者もだれもがムスリムであること、つまりムスリムであることは限りなくやさしい、ということを伝える。≫(4頁)

中田さんの本を読んでいると、中田さんは異教徒よりもむしろ、ムスリムのほうにこそ厳しいんだな、と感じることがたびたびあった。

それは、以上のような中田さんの決意によるものだったのだ――本著のなかでも、湾岸戦争勃発に際し、中田さんは反フセインの立場からアメリカを支持した、と書かれている。

中田さんはまた、こうも述べている。

≪私自身もイスラームに出会うまで日本社会の同調圧力や束縛に苦しめられてきました。じつのところ、イスラームとはそのような人間社会に蔓延するあらゆる束縛からの解放です。(中略)イスラームとはまず、人間を束縛する偽りの神々からの解放の教えなのです。≫(4‐5頁)

現に中田さんは、大学教授の職を辞し、現在は在野の知識人として型にとらわれないとてもユニークな活動を展開している(例:ラノベの執筆)

こうした自由な活動もまた、ご本人に言わせればイスラームの教えに基づくもの、なのだろう。

 

本著巻末では、中田さんの教え子だった人々が多数、コメントを寄せている。

中田さんの人徳、教育者としての器の大きさがうかがわれる。

 

私はなぜイスラーム教徒になったのか

私はなぜイスラーム教徒になったのか