Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『英語の早期教育・社内公用語は百害あって一利なし』

渡部昇一さん。

と聞くと、どうしても「右翼の人」というイメージを持たれる方が多いかもしれない。

保守系の論壇誌に多く寄稿していたからだが、そんな渡部さんの本業は、英語学者であった。

本日ご紹介する『英語の早期教育・社内公用語は百害あって一利なし』李白社)は、渡部さんの英語学者としての顔がよく見える一冊だ。

 

最近の学校での英語教育に関して、僕は前々から不満を抱いていた。

文法よりも会話を重視するというその姿勢に、どうしても納得できなかったのだ。

「いいや、会話よりも大事なのは文法だ!」と明確に答えてくれた本著は、したがって僕を大いに勇気づけてくれたのである。

 

これはたしか、福田和也さんの本に書いてあったと記憶しているが、明治時代の日本人は、英語が得意だった。夏目漱石しかり。新渡戸稲造しかり。

どうして彼らはあんなにも英語ができたのか。

漢文をやっていたからだろう、というのが福田さんの答えであった。

渡部さんも同様に、明治の日本人が英語ができたのは漢文のおかげだと書いている。

「あぁ、そうか。漢文(古典中国語)と英語はともにSVO文型だし孤立語だものな」と僕は思った。たしかにそれもあるだろうが、それだけではないようだ。

渡部さんは、以下のようなことを書いている。

漢文というのは、実は日本語である。

中国語の文章を日本語として読んでいるわけだから、漢文の学習とは実は日本語の学習にほかならなかった。

明治の人たちは、したがって漢文の学習によって“日本語力”――中国語力でなく――を培っていたのだ。

そうして日本語力を鍛えていたからこそ、英語を深く理解することができたのである。

……渡部さんの説明を読んで、「なるほど!」と唸ってしまった。

僕はつねづね、国語力というのは、コンピューターでいうところのOS、外国語力というのはアプリケーションだと思っている。アプリケーションをたくさんインストールしたところで、肝心のOSが不安定ではどうにもならない、というわけだ。

逆に言えば、明治の人たちは、漢文教育を通じて日本語というOSをしっかりインストールしていたからこそ、英語というアプリケーションをスムーズにインストールすることができたのである。

 

さて、本著後半の第5章では「私の外国語体験」と題し、渡部さんのこれまでの半生とその外国語勉強法が語られている。

渡部さんは、天才である。

彼は上智大学で英語学を学んだのち、ドイツへと留学し――どういうわけだか英語学の本場は英国ではなくドイツであるらしい。なぜ!?――そこでドイツ語もたちまちのうちにマスターしてしまった。

そして完璧な文法のドイツ語で博士論文を提出し、現地の教授たちをして「あなたはまことに天才(ジェニー)である」と言わしめたのである。

渡部さんの、驚異的なまでの語学力は、どのようにして培われたか。

もちろん、上述のとおり「OSとしての国語力」がしっかりしていたから、というのが大きいのだろうが、もうひとつ、渡部さんが重視するのは、ボキャブラリーである。これが大事なのだと言う。

短期間でドイツ語を習得できたのも、ドイツ語の会話文をどんどん暗記していったからだと彼は言う。

それからもうひとつ、「失敗を恐れないこと」、コレである。

渡部さんは、専門が英語学なものだから、専門外のドイツ語は多少間違ったってしょうがない、という軽い気持ちでドイツ語会話に臨んだのだという。結果的に、これが良かった。

失敗を恐れなかったことで、渡部さんのドイツ語力はどんどん上達していったのである。

 

渡部さんは、年齢を重ねても記憶力が老化することのないようにと、ラテン語の文章の暗記に努めたことがあるのだという。

僕は現在32歳である(もうじき33になる)。最近では10代のときとくらべてすっかり記憶力が衰えてしまい、それを実感するたびに、ため息をついてしまう。

人間、30を過ぎるともう語学は駄目だな、と諦めかけていたが、そうではなかった。

逆なのだ。

30を過ぎたからこそ、記憶力をこれ以上減退させることのないよう、語学に取り組む必要があったのだ。

これは、僕にとっては、ちょっとした発想の逆転であった。

そうか、これからもういちど、語学に真剣に取り組んでみるとしよう。

 

僕にとって、渡部さんは「右翼の人」などではない。

渡部さんは、僕の英語の先生だ。

 

 

余談ながら。

"We are a sailor short." ←さて、皆さんなら左の英文をどう訳すだろう。

答えがど~しても気になるという人は、ぜひ本著を読んでみてね♪