Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『愛国とレコード』

僕は以前、とある右派団体にコミットしていたことがあるので、右派の政治文化のことなら、ある程度までは理解しているつもりだ。

そんな僕でも、しかしながら最後まで馴染めなかったのが、軍歌であった。

彼らは酔っぱらって二次会のカラオケ店へ行くとたいてい、軍歌を歌う。

ところが僕は音楽といえばビートルズとアニソンくらいしか知らないものだから(w)、「おい、お前も軍歌を歌え!」などと言われようものなら途方に暮れてしまう。

やむをえず、二次会には行かず、居酒屋からそのままアパートへと帰る、というのが定番になっていた。

ある大物保守論客が、「右翼といえば軍歌、軍歌といえば右翼だ!」と豪語していたと記憶している。ならばアニソンしか知らない僕は、このさい「ネトウヨ」でもいいや、と思ったものである。

 

今回は、軍歌をテーマにした本である。

『愛国とレコード』(えにし書房)

著者は、作家・近現代史研究者の辻田真佐憲さん。1984年生まれだというから、なんと僕とまったくの同世代ということになる。

辻田さんは、大の軍歌好き。好きが高じて、こうして本まで出してしまったのだという。

「えっ、俺と同世代で軍歌好き!? …ウソでしょ?」と驚いたが(w)、まぁ世の中にはそういう人もいるんですね――もっとも、僕もソ連国歌が好きなので、あまり人のことは言えないのかもしれないけれど。

 

本著では、戦前に発売された軍歌のレコードが多数、解説されている。

驚くべきは、レコード会社の商売センス。明治時代の軍歌の歌詞をほぼそのまま踏襲――パクリとも言う――して発売するなどというアコギな商売が公然と行われていたのだという。

本著で紹介される軍歌のなかには『満蒙新国家建設の歌』なるタイトルのものがあるが、これは満州国の建国を待たずに、フライング的に制作された軍歌なのだという。

まさに「売れれば正義」「ゼニや! 世の中しょせんゼニや!」という、実に単純明快な原則で動く業界だったのだ。

 

辻田さんの話で興味深いのは、歌人気を支えたのはむしろ一般市民の側だったということ。政府は、むしろ五・一五事件青年将校を称賛する内容の軍歌を検閲・規制したほどなのである。

軍歌は、決して軍部から、つまり上から無理やり押しつけられたものではなかった。軍歌は、逆に下からの人気こそに支えられて、戦前日本社会の華となったのだ。

 

このように<戦争>に便乗した、当時の愛国ビジネス――軍歌。

これはなにも、戦前に限った話ではないのだ。平成の御代の今日でも、<嫌韓>に便乗した、いわゆる「嫌韓本」が量産されたことは、まだ皆さんの記憶にも新しいことだろう。

そう考えると、日本人という生き物は昔も今も、これっぽちも進歩していない、ということになるのだろうか。

ちょっぴり鬱になる話である。

 

今世紀の末頃には、『愛国と嫌韓』みたいなタイトルで平成の嫌韓本を解説する書籍が刊行されているかもしれない。

 

愛国とレコード: 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会 (ぐらもくらぶシリーズ)

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