Furusawa Keisuke's blog

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書評『ふしぎな君が代』

先日は、作家・近現代史研究者の辻田真佐憲さんの『愛国とレコード』(えにし書房)を取り上げた。

本日ご紹介するのも、これまた辻田さんの著作『ふしぎな君が代幻冬舎である。

軍歌の次は、君が代というわけだ(w

 

本著は、前近代にまでさかのぼって、君が代の歴史を振り返っていく。

君が代は、歌詞自体は古くから存在し、知識人層の間で親しまれていたという。

それがこの国の国歌となったのは、近代に入ってからのこと。近代国家には当然国歌が必要だというので、かなりの急ごしらえで国歌に決められたらしい。

「国歌・君が代」の歴史がこうしてスタートしたわけだが、その歩みは必ずしも順風満帆というわけでもなかったようだ。

≪現代の我々は、戦前社会では明治からずっとこのように「君が代」が教えられていたと思いがちだ。ところが、全国の教育現場でここまで明確に「君が代」が位置づけられたのは、なんと一九三七年になってからのことだったのである。それまでは儀式で歌うことはあっても、意味については必ずしも説明されたわけではなかった。≫(175頁)

君が代が戦前の日本社会において国歌としての地位を盤石なものとするまでには、意外にも長い時間がかかっており、敗戦からわずか8年前の1937年になってようやく、国歌として明確に位置づけられるようになったというのだ。

さらに意外なことには、戦前において君が代が批判されることもしばしばあったという点。

君が代は皇室の歌であって、国家の歌ではない、というのが当時おもになされた批判だという。

かつて、サッカーの中田英寿選手が「君が代はダサイ」と発言したと報じられて問題になったことがあったが――中田選手本人は発言の真意が伝わっていないと反発――辻田さんに言わせると、このテの君が代批判も実は戦前からなされていたものだという。

先日の『愛国とレコード』のレビューでも書いたことだが、我々日本人は進歩などまったくしておらず、単に戦前を反復しているだけなのかもしれない。

 

さて、辻田さんは、現在における君が代の扱いについては、どのように考えているのだろう。

本著終盤にて、辻田さんは、君が代が上述のとおり批判を乗り越えながら今日まで至っている「百戦錬磨の国歌」(249頁)である点を重視し、君が代を国歌とすることに賛成しつつも、マイノリティーに配慮して、その強制は良くない、というしごく常識的な――言い方を変えれば、退屈な――結論を下している。

 

それにしても、辻田さんの仕事を見ていると、右翼というほどでもないけれど戦前の日本社会に詳しく、またいくらかのシンパシーも抱いているらしいところ、音楽に造詣があるところ、などの理由から、どうしても評論家の片山杜秀さんを連想してしまう。

言うなれば「二代目・片山杜秀といったところか(w)。奇しくも、ふたりとも慶應義塾大学の出身である。

ヘンな喩えかもしれないが、江藤淳さんのポジションを福田和也さんが継承したように、片山さんのポジションを辻田さんがこれから継承していくのかもしれない。

辻田さんの、今後の活躍が楽しみだ。

 

ふしぎな君が代 (幻冬舎新書)

ふしぎな君が代 (幻冬舎新書)