Furusawa Keisuke's blog

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書評『明智光秀 正統を護った武将』

2018年、記念すべき書評一発目は、こちら。

評論家・井尻千男さん(1938‐2015)の『明智光秀 正統を護った武将』(海竜社)だ。

 

タイトルを見れば一目瞭然。本著のテーマは、あの織田信長を討った、明智光秀である。

「古澤さんは信長が嫌いなんでしょう? なら光秀は好きなんですか?」

とたまに訊かれる。

そもそも「信長が嫌い」というところからして誤解だ。僕は信長が嫌いなのではない。信長が好きだという人間が嫌いなのである。

それでは光秀はどうなのかと訊かれると、正直に言って、あまりいい印象は持っていない。

彼にはやはり「主君殺し」という負のイメージが、どうしてもついてまわるからだ。

ダンテが『神曲』において、地獄の最下層で苦しむとしたのが、「主人に対する裏切り者」であった。まさか光秀が、ユダやブルータスらとともにキリスト教の地獄で苦しんでいるということはないだろうが(w)、光秀にはやはり、いいイメージがない。

そこで読んだのが、本著である。

 

タイトルになっているわりには、本著のなかで光秀に関する記述は、さほど多いわけでもない。それよりも、信長の傍若無人ぶりを記すために多くのページが割かれている。

それが、皇室の権威を脅かすものだったからだ。そんな逆臣・信長を討つべく、尊王家・光秀が立った、というのが本著のおおまかなアウトラインである。

井尻さんは、光秀に2.26青年将校の姿を重ねて見ているようだ。

 

井尻さんは、信長を糾弾する。

信長のどこが駄目だったか。不敬であったことか? それもあるが、より根源的に言えば、ニヒリストであったことだ。

由緒ある大寺院を容赦なく焼き払い、あろうことか死んだ大名の頭蓋骨で杯をつくり酒を飲む信長の言動に、井尻さんはニヒリズムを見出すのだ。

信長だけではない。彼を新時代への先駆者としてしきりに持ち上げる現代日本にも、井尻さんは同様のニヒリズムを見出す。彼の信長批判は、したがって現代日本批判でもあるのだ。

 

さて、本著のポイントは、光秀を尊王家として評価したことのみにとどまらない。井尻さんが歴史学における実証主義(客観的な事実を確定し、事実のみに基づいた歴史記述を行うこと)に抗っている点もまた、決して見逃してはならないだろう。

井尻さんはこう書いている。すこし長くなるが、以下に引用する。

≪私はこれからも一貫して太田牛一の『信長公記』を重視するつもりである。その最大の理由は信長に近侍したことのある人間であれば、信長なりの自己正当化の理屈というものを察知しつつ記述するだろうと思えるからである。私が何よりも知りたいのはその信長流の理論であり、いわゆる客観的という非人格的事実ではない。≫(89頁)

≪そもそも最も大事な真実は文章にできないものだ、という認識に立てば真実は推論によって探り当てるほかないものだ、ということになる。日記をつけたことのある人ならば、大事なことほど記さないという真実に思い当たるはずである。だとすれば、歴史の真実も文献の彼方にしかないということになるだろう。私がこの光秀論を「メタフィジカル・ヒストリー」(形而上学的歴史)と名づけたゆえんもそこにある。≫(161頁)

実証主義歴史学では、当時の知識人たちの内面が語れない。どういう本を読み、何を考え、その時代とどのように格闘したかがわからない。≫

 人間は大事なことを何一つ記録しないままに死んでゆくものだ。何を愛し、何を信じ、何に命を懸けたかの証拠すら残さずに死んでゆく。だから実証史学ではその内なる真実は永遠に語れないのである。≫(254頁)

井尻さんの、実証主義への強い苛立ちが伝わってくる文章だ。彼は、実証主義には限界があり、最も重要な点に迫るには、歴史上の人物の内面を想像するよりほかない、としたのだ。

これはようするに、歴史学はどうあがいても客観的な科学にはなりえない、ということではないのか。最後の最後では、歴史学文学であるよりほかない――これが、井尻さんが達した境地ではなかったか。

優れた歴史学者になるためには、優れた文学者にならなければいけないのかもしれない。

付け加えれば、井尻さんは歴史学徒ではなく、もともとは日経新聞編集委員であった。

 

明智光秀―正統を護った武将

明智光秀―正統を護った武将