Furusawa Keisuke's blog

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書評『天皇から読みとく日本』

僕が尊敬している保守派の論客のひとりに、神道学者・高森明勅さんがいる。

本日ご紹介するのは、高森さんの著書『天皇から読みとく日本』(扶桑社)だ。

本著は、高森さんの雑誌上での連載をまとめて一冊の書籍としたもの。したがって、各々の章が自己完結しており、どこから読みはじめても構わない構成になっている。

本著は、近代を扱った「第一部 天皇から『現代』を考える」と、前近代を扱った「第二部 天皇からさぐる日本歴史」とに大別される。古代史が好きな人は、第二部のほうが面白く感じられるかもしれない。僕はというと、第一部のほうが面白かった。やっぱり僕は近現代史のほうが好き、ということなのだろう。

 

第一部のなかで面白かった章をまず挙げると、「知られざる大正天皇の『詩と真実』」。

大正天皇は、和歌を多く詠んだ歴代の天皇とは異なり、漢詩を好んだ。本著では大正天皇漢詩が何点か紹介されていて興味深かったが、考えてもみれば、漢詩以前に、そもそも大正天皇ご本人からして、近現代史においてあまりスポットライトを当てられることのない人物である。高森さんの語る大正天皇の話は、僕にはとても面白く感じられた。

「意外な『教育勅語』誕生のドラマ」という章も良かった。教育勅語の持つ意外な“新しさ”について触れられており、先日取り上げた社会学者・小室直樹さんの『天皇畏るべし』とあわせて読むと、とても興味深い。

さきほど「第一部のほうが面白かった」と書いたが、もちろん第二部のほうにも面白い話はたくさんあった。

たとえば、「江戸時代の民衆と光格天皇」。江戸時代の庶民は天皇なんて知らなかった、とよく言われるが、高森さんは、庶民も改元などを通じて天皇の存在を意識していた、と反論している。実際の庶民の認識は、「この国を動かしているのは公方様(将軍)だけど、天子様天皇のことだってちゃんと知ってるよ」といったところだったのだろうか。

 

さて、僕が一番面白いと思った章は、実は上に挙げたいずれでもない。

「『女帝論』これでもタブーか」が個人的には最も興味深かった。

この章が書かれたのは、2001年のこと。皇太子夫妻のもとに内親王が誕生したが、当時は皇位を継ぎうる男児は皇室にはいなかった。高森さんは、皇位継承の安定化のため、かなり踏み込んでこう述べている。

≪私の目下の結論はこうだ。今後もし男系のみでは行為の継承そのものが困難な事態に立ち至ったような場合、女系も皇統に属している以上、その系統の皇族の方が皇位を継承すればよいし、実際上それ以外に手立てはない――と。しかも皇室の長い歴史を振り返ると、皇位の継承があやうい場面で、実際に女系が大きな役割を果たしてきたことがわかる(傍系の継体天皇光格天皇などは先帝の姉や皇女などと結婚)。こうして女系継承も容認されるのであれば、女帝の可能性を頭から排除するのは明らかに奇妙だ。≫(24頁)

高森さんは女系天皇を肯定したというので、保守論壇からほとんど「村八分」に近い扱いを受けた。それでも高森さんは自論を曲げることなく、『歴史で読み解く女性天皇』などの著作を書いたり、同じく女系天皇を肯定する漫画家の小林よしのりさんらとともに言論活動を展開したりしている。

僕などは、村八分にされるのはまっぴらごめんだからすぐ自論を曲げてしまう人間である。なので、こうした高森さんの言動には素直に尊敬の念を抱く。冒頭で高森さんを「僕が尊敬している保守派の論客のひとり」と紹介したのは、こうした理由によるのである。

 

高森さんは、こう述べている。

天皇という地位の長期にわたる存続の事実のみを根拠として、ただちにこれを価値あるものと断定し、観念的に賛美して、未来永劫に死守すべきであると主張する立場もある。(中略)

 だが時代の遷移と共に、受け継ぐべきものと切り捨てるべきものの取捨選択を迫られることも、否定しがたい事実である。≫(282‐283頁)

保守と固執とは違う。「切り捨てつつ受け継ぐ」ことこそが、あるべき保守の姿勢であろう。

 

天皇から読みとく日本―古代と現代をつなぐ

天皇から読みとく日本―古代と現代をつなぐ