Furusawa Keisuke's blog

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書評『女帝誕生』

先日に引き続いて、本日も天皇に関する著作を取り上げるとしよう。

政治学者・笠原英彦さんの『女帝誕生』(新潮社)である。

 

タイトルの通り、本著のテーマは、女帝女性天皇

第一章ではまず、古代における女帝が取り上げられる。

飛鳥時代から奈良時代にかけて、この国は複数の女帝を玉座に迎えた。彼女たちは、皇位の男系継承というルールにおける“中継ぎ”――つまりお世継ぎが育つまでのリリーフ的存在――とみなされることが多い。

笠原さんも、そうした見方を必ずしも否定はしない。だが、そうではない女帝もいた、と言うのである。

笠原さんによれば、持統、元明、元正、後桜町の四女帝はたしかに中継ぎであったが、推古、皇極、孝謙、明正の四女帝については、中継ぎだとの指摘は当てはまらない。彼女たちは強いリーダーシップを発揮した女帝であった、と言う。

つづく第二章では、ぐっと時代が下って、明治における皇室典範制定の過程が振り返られる。このときも女帝に関する議論はあったが、結局は退けられたのだという。

第三章では、戦後の新しい皇室典範の制定過程が同様に振り返られ、最終章となる第四章にて、今後、皇室典範をどのように改正していくべきかが論じられる。

 

本著を通読して印象に残るのが、笠原さんの議論の冷静さだ。

うっかり言い忘れてしまったが、本著が刊行されたのは、2003年の6月。まだ秋篠宮家に親王は誕生しておらず、皇位継承は危機に立たされていた。

笠原さんは、現状(2003年)では皇位継承が危機に直面していると認めるが、その解決策としての「側室制度復活」については、現代ではもはや不可能だろうとしている(※)

※この点、僕とは意見が異なる。僕は、一夫一婦制にこだわる必要など実はない(!)、もっと多様な婚姻のあり方があっていい、と思っているのだ。

だが、側室制度こそ、これまでの男系継承のルールを支える一番の条件ではなかったのか。それが駄目となると、他の案として「旧宮家復活」が浮上する。だが笠原さんはこれにも否定的である。いったんは民間人になり、それが何十年も続いた旧宮家を今さら皇族に復帰させるのは、現実的に考えて難しいからだろう。

そこで笠原さんは踏み込む。

 ≪戦後まもなく降下した旧宮家の子孫を復活させて「男系の男子」を墨守するよりも、女性天皇を認めるべく皇室典範の改正に踏み切ることがより自然であろう。ただし、上述の通り、いったん女性天皇を容認すべく皇族女子に皇位継承権を認めれば、いずれ女系天皇の即位に帰結することを覚悟しつつ、熟慮する必要がある。≫(207頁)

先日の『天皇から読みとく日本』にて高森明勅さんは、女系継承も認めるべきでは、と問題提起していた。笠原さんもまた、きわめて慎重ながら、将来における女系継承の可能性を見据え、議論を展開している。

 

先日の記事を読んで、「なんだ、古澤は女系天皇を容認するのか」と受け取った方もいるかもしれない。

たしかに、それは当たっている。僕は、側室制度が復活しない以上――上述のとおり、べつに復活してもいいと個人的には思っているが――男系継承が不可能になったときに女系継承を認めるのは、やむをえないと思っている。

だが、僕の主張の力点はそこではないのだ。

僕がどうしても気になるのは、まるで「男系維持派にあらずんば人にあらず」とでも言わんばかりの、保守論壇のファナティックな傾向だ。

たしかに、この国では初代の神武天皇から連綿と、男系継承のルールが貫かれてきたとされている。「神武天皇なんて架空の人物だろう」と左の人からツッコまれるかもしれない。だが実在が確実とされる継体天皇から数えても、実に1500年もの間、男系継承のルールは貫かれてきたのである。それが変更されることに抵抗を覚えるのは、保守主義者としてごくごく自然の反応だろう。

だが、もっと自由な議論の場が、あってしかるべきだ。男系継承維持というひとつの意見しか認めようとしない論壇は、議論の場として不健全であると考える。

我々は、笠原さんのような冷静な姿勢でもって、皇位継承の問題に臨むべきではないか。

 

最後に、笠原さんの以下の言葉をもって、本稿の締めくくりとしたい。とても考えさせられる言葉だ。

 ≪よく千年以上もの長きにわたって、確固たるルールなしに皇統が断絶しなかったものである。否、現状に照らして考えてみると、事実は反対なのではないか。つまり確固たるルールが存在しなかったからこそ、そのときどきの事情で柔軟に皇位の継承が行いえたのではなかったか。≫(19‐20頁)

 

女帝誕生―危機に立つ皇位継承

女帝誕生―危機に立つ皇位継承