Furusawa Keisuke's blog

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書評『竹内好「日本のアジア主義」精読』

評論家の松本健一さん(1946‐2014)の著作は、本ブログでもいくつか取り上げてきた。

本日ご紹介する『竹内好「日本のアジア主義」精読』岩波書店は、まさにタイトルからも分かるとおり、松本さんが中国文学者・竹内好(1910‐1977)の著作『日本のアジア主義』について解説していく、という内容の本である。

 

松本さんは、竹内好アジア主義の思想を分析していく。論点がわりと多くあるため、本著の内容をまとめるのは、意外と難しい。

だがあえて一言でまとめるとするなら、昔と今とではアジアの置かれている環境は全く異なるという、考えてもみれば当たり前の結論となる。

かつて、アジアは欧米列強によって蹂躙されていた。だが、今はもう違う。

松本さんが本著を書いた2000年の時点でもそうだったし、中国インドなど新興国の勃興が著しい2018年の現在では、なおのことそうだ。

戦前のアジア主義者たちの主張は、したがって21世紀の今日では、少なくともそのままのかたちでは通用しない、ということになる。

だが、「アジア主義はそのままのかたちでは通用しない」というのと「アジア主義は終わった」というのとでは、月とすっぽんほどの大きな違いがある。

僕は、ある意味ではアジア主義は今日でもなお有効だと思っている。その点、松本さん(と竹内好とは意見を同じくする。だが、その主張の中身は、実のところだいぶ異なるようなのだ。

松本さんは、竹内好が遺した言葉をもとに、おそらく彼が言いたかっただろうことを忖度しつつ、こう述べている。

 ≪わたしなどは、「西洋的な優れた価値」を、「愛」によって東洋が「包み直す」とき、そこに「共生(symbiosis)」というアジア的価値が浮きでてくるような気がするのである。≫(190頁)

う~む。言っちゃ悪いが、松本さんのこの議論はなんとも抽象的にすぎるのではないか。「愛によって包み直すゥ? 共生というアジア的価値ィ? ハァ??」といった感じだ(w

「愛」だとか「アジア的価値」だとかいった言葉は、抽象的であるがゆえに、どんな対象をも指し示すことができる。僕にはこの議論は、ポルポト政権をアジア的優しさに満ちているとした、朝日新聞と同じ類のトンデモ話のように思えてならない。

……でもまぁ、松本さんの言いたいことも分からなくはない。要するに、「欧米ほど力をむき出しにしないリベラルデモクラシーがアジアに生まれる、それこそが現代のアジア主義だ」というようなことを言いたかったのだと思う。

 

先に僕は、ある意味ではアジア主義は今日でもなお有効だと思っている、と書いた。

僕の考えでは、アジア主義は「アジアを屠る帝国主義に抵抗するための思想的バックボーン」としての存在価値がある。

だが、気をつけてほしい。21世紀の今日、アジアを屠る帝国主義とは、もはや欧米のことではない。

それは、中国である。

中国こそ、現代における帝国主義国であり、その中国にどう抗うかを考えるのにアジア主義が役に立つ、と僕は考えているのだ。

かつて毛沢東は、「東風が西風を圧倒する」と言った。東風すなわち共産主義が西風すなわち帝国主義を圧倒するという意味だ。

中国が大国として勃興しつつある今日、はたして東風は西風を圧倒したのか?

違う。現状は単に「西風が東から吹いている」にすぎない。

このような時代だからこそ、アジア主義はなおもその輝きを失っていないのである。

 

竹内好「日本のアジア主義」精読 (岩波現代文庫)

竹内好「日本のアジア主義」精読 (岩波現代文庫)