Furusawa Keisuke's blog

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書評『太平記<よみ>の可能性』

いつの時代にも、既存の社会秩序からこぼれ落ちてしまった、言うなればアウトサイダーの人間たちがいるものだ。

日本史を学んでいて面白いと感じるのは、日本のアウトサイダーたちは必ずしも反天皇ではないということだ。むしろ「天皇は俺たちの味方だー!!」と自らを鼓舞することのほうが多いのである。

 

そんなアウトサイダーたちのエートス(行動パターン)に影響を与えたと思われるのが、南北朝時代の動乱を描いた古典『太平記』だ。

本日ご紹介する『太平記<よみ>の可能性』講談社は、『太平記』がどのように後世に影響を与えたか、をテーマとする著作である。著者は、中世文学者の兵藤裕己さん。

本著はまず中世にさかのぼって、『太平記』成り立ちの経緯を見ていく。そしてそれが、江戸時代の由比正雪の乱赤穂浪士の討ち入り、そして幕末の尊王の志士たちにどのような影響を与えたのかについて、考察していくのである。

 

天皇に忠孝を尽くすことは、必ずしも体制に迎合することを意味しない。むしろその反対だ。たとえば幕末の尊王の志士たちは、次々と脱藩し、倒幕運動に加わっていったのである。

≪脱藩をとおして、既存のヒエラルキー・序列をこえて勝手に天皇に「忠孝」をつくす連中が出てきてしまう。幕藩体制の外、いわば制外・「非人」の位相にあることで、天皇に直結する論理を手にいれるのだが、そのようなアナーキー天皇制の回路が、「忠臣」正成のメタファーによってひらかれてゆく。≫(152‐153頁)

南北朝期の武将・楠正正成もまた、低い身分の出自であり、本来ならば天皇と同席することすらかなわぬ身のはずであった。にもかかわらず彼は献身的に後醍醐天皇に仕え、「忠臣」として『太平記』にその名を遺した。後世のアウトサイダーたちも、そんな正成に続けと、天皇に忠孝を尽くし、既成秩序幕藩体制に立ち向かっていったのである。

 

「へぇー、それは面白い話ですね。でも、それって前近代の話でしょう? 21世紀の現代では、もう関係のない話ですよね」

皆さんは、こう思われるかもしれない。

だが、案外そうでもないのだ。

現代において、前近代のアウトサイダーたちのエートスを反復しているのが、哲学者の内田樹さんである。

彼は保守系雑誌『月刊日本』のインタビュー記事にて、なんと自らは天皇主義者であると宣言したのである。(「内田樹 私が天皇主義者になったわけ」『月刊日本』2017年5月号)。内田さんは左派の論客として知られていたから、この唐突な天皇主義者宣言は世の人々を唖然とさせたのだった――twitter上ではほとんど嘲笑に近かった、とすら言っていい。

はたして内田さんは転向したのか。

そうではないだろう。上に見てきたように、日本のアウトサイダーたちは天皇制廃止を唱えるのではなく、むしろ「天皇は俺たちの味方だー!!」と言って自らを鼓舞してきたのであるから、彼は日本の伝統へと回帰したにすぎないのである。

むしろ、マルクス主義にもとづいて天皇制廃止を訴え続けてきた戦後左翼のあり方のほうこそ、日本の長~い歴史のなかでは例外に属するのだろう。

……誤解のないよう付け加えておくが、 僕は内田さんの思想の信奉者ではない。彼の最近のふるまいに前近代のアウトサイダーたちと共通する部分を見出して、それが興味深いと言っているに過ぎない。

 

さて、内田さんの天皇主義者宣言のおかげでもうひとつクリアーに見えてきたのが、安倍政権が皇室典範改正に消極的である理由だ。

天皇の譲位についても結局、一代限りということにしてしまったし、当初は「上皇」という呼称を用いることすら嫌がった。どうしてか。

天皇アウトサイダーたちによってシンボルとして担ぎ上げられる可能性がある。そのうえ上皇まで加わるとなれば、ますます彼らに担がれやすくなるからだ。

これは、現代でも決してありえないことではない。現に、内田さんのように安倍政権に批判的な人が天皇主義者を名乗っているではないか!

それだから安倍政権は――というか現代の日本政府は、天皇宮内庁という、言うなれば「ファイアウォール」のなかに入れてしまい、外部からのアクセスを遮断しているというわけなのである。

 

 

……おっと、いけないいけない、どんどん話がそれてしまった(w)。最後に大急ぎで話を本著に戻すとしよう。なんてったって、これは書評なんだからね(w

本著終章のタイトルは「歴史という物語」。 このあたり、先日取り上げた井尻千男さんの意見とも通ずるものがあるのではないか。

≪歴史とは収集された史料のなかに確固とした客観的事実として存在するのだろうか。またそれは、私意や作為を排した透明な文体(そのような文体が可能かどうかはともかく)によって記述できるのだろうか。(中略)

書法や文体上の作為をはなれて客観的に存在する歴史などありえない。歴史が過去を認識する一定の方法である以上、ことばの問題をたなあげにしたあらゆる歴史論は、事実か虚構かといった二項対立的な議論に終始するしかないだろう。≫(240頁)

≪まず事実があって、つぎにその名称(ことば)がつくられるのではない。ことばと対象(事実)との関係は、歴史叙述の現場にあってしばしば逆転するのだが、そのような歴史のことばに十分自覚的でありえたのは、むしろ(中略)水戸の史学者たちだったろう。

 対象を自由に記述できる(そうした考えじたいが近代の幻想でしかないのだが)言文一致の文体が存在しない時代にあって、ことばは現実記述の道具である以前に、あらたな現実をつくりだす方法であったはずだ。≫(247頁)

太平記』には、おそらくフィクションもあろう。全編にわたって、かなりの脚色がなされているはずだ。

だが問題はそこではない。そうして成立した“フィクションとしての太平記”が、後世のアウトサイダーたちに現に大きな影響を与え、行動を鼓舞すらしてきたという事実こそが重要なのだ。

 

太平記<よみ>の可能性 (講談社学術文庫)

太平記<よみ>の可能性 (講談社学術文庫)