Furusawa Keisuke's blog

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書評『鎌倉仏教』

本日ご紹介する本は、歴史学者佐藤弘夫さんの『鎌倉仏教』筑摩書房。直球ストレートなタイトルのとおり、鎌倉仏教をテーマとした著作である。

本著の本質を一言でいうならば、「怒り」となろうか。

佐藤さんは本著のなかで、単に鎌倉仏教について解説するのではなく、その開祖・信徒たちの苦悩を追体験しようとするのだ。

本著を読んでいると、鎌倉仏教の担い手たちや著者である佐藤さんの怒りが、ひしひしとこちらに伝わってくるのを感じる。ちょうど、焚火の近くに立っていると、焚火から来る熱で次第に肌が火照ってくるのと似ている。

 

本著前半では、親鸞道元日蓮など、鎌倉仏教の開祖たちが取り上げられる。

彼らは皆、比叡山延暦寺で仏教を学んだ。「比叡山」と聞くと今日の我々は純粋な宗教施設だと思ってしまうが、当時の比叡山は「お寺」というよりかはむしろ、今日の「大学」に近い存在であった。彼らはそこで、学問としての仏教を学んだのだ。

それはたしかに、精緻ではあったろう。だが彼らは、単なる学問としての仏教では、人口の大半を占める庶民を救うことはできないと考えた。彼らは、ときに経典の強引な読み替えなどもすることで、新しい教えをつくり、世に広めていったのだ。

僕は、曹洞宗の僧侶・南直哉(みなみ・じきさい)さんの話を思い出す。彼は永平寺で実に20年近くもの長きにわたって禅仏教を学んだ。だが恐山の院代(住職代理)となって、故人との再会を望む人々と直に向き合うようになると、それまで永平寺で学んだ仏教がまるで役に立たないと感じ、途方に暮れたのだという。

学問としての仏教と、実際に世の人々を救う仏教は、異なる。南さんは、鎌倉仏教の開祖たちがかつて歩んだ道を、追って歩いているのかもしれない。

 

本著後半では、新しい仏教の担い手となった民衆たちにスポットライトが当てられる。

当初はかなり“尖っている”感のあった鎌倉仏教も、しかしながら開祖からその弟子へと世代交代が進むにつれて、次第に“丸く”なっていった。そうしなければ既成の仏教教団と共存できなかったからだ。

たとえば曹洞宗の場合、開祖である道元は「座禅のみ」(只管打坐)というシンプルな教えを説いたが、後継の瑩山紹瑾は密教の要素も取り入れるなど、既成の仏教教団に歩み寄る方向へと路線修正を行った。他の宗派にしても事情は大体同じである。

ところが、話はそれだけでは終わらなかったのだ。時代が戦国の世へと近づき、民衆が力を得るようになると、鎌倉仏教の本来の教え、すなわち弟子たちによって軌道修正される前の、開祖たちのラディカルな教えが、民衆のあいだで力強く信仰されるようになったのである。

佐藤さんは、そうした鎌倉仏教のリバイバルを、これまた力強く解説していく。まるで、日蓮たちの怒りがそのまま佐藤さんに乗り移ったかのようだ。

宗教は、学問ではない――そのことを、ここでも再認識させられる。

 

さて、今回ご紹介した本著は、文庫版である。

巻末に「補論」と題されて、文庫化にあたっての著者あとがきが掲載されている。そこで佐藤さんは、戦後の歴史学会の流れを振り返ったうえで、歴史学者としての自らの抱負を語っている。

本著において顕著な佐藤さんの“熱さ”は、初版から時が流れ文庫化された頃になっても、どうやら変わらなかったようだ。

 

鎌倉仏教 (ちくま学芸文庫)

鎌倉仏教 (ちくま学芸文庫)