Furusawa Keisuke's blog

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書評『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社』

先日は、インドの革命家ラース・ビハリ・ボースの評伝を取り上げた。

イギリスの官憲から追われる身であったボースを日本国内にかくまうにあたって暗躍したのが、右翼団体玄洋社(げんようしゃ)であり、その総帥の頭山満(とうやま・みつる 1855‐1944)であった。

この頭山、戦前日本においては大変な有名人であり、明治期の雑誌で「現代日本一の人物」を読者の投票で決めようという企画が行われたときには、その「日本一の豪傑」部門で堂々の第一位に選出されるほどの大衆的人気を誇っていたのだ。

ところが今日では、頭山の名はすっかり忘れ去られてしまい、戦前の右翼思想、活動家に関心のある一部の奇特な人々――要するに僕みたいな――の間でのみ知られる、マイナーな存在となってしまった。

頭山満、いったい何者ぞ。

 

というわけで今回ご紹介する書籍が、『大アジア燃ゆるまなざし 頭山満玄洋社(海鳥社)である。ひとりの評論家が書いた本ではなく、読売新聞西部本社が頭山に関する貴重な資料や図版などを集め、一冊の書籍にまとめたものだ。

 

本著はまず、頭山の少年時代に迫る。彼にとって育ての親ともいえるのが、恩師・高場乱(たかば・おさむ)であった。高場はなんと男装した女医であったというから驚きだ。「えぇ……そんな漫画のキャラみたいな人、リアルでいたんですか……」と思わずのけぞってしまったw(^▽^;)

高場に限らず、頭山のまわりにいる人たち、あるいは頭山自身が、今風に言えば非常に「キャラの立った」人たちであった。頭山の生涯を漫画にしてみたら面白そうだ。……あ、すでに『ゴーマニズム宣言大東亜論』というかたちで漫画化されてるか(w

 

1876年、頭山は旧福岡藩士の蜂起を画策したとして逮捕されてしまう。釈放されたのは、西南戦争西郷隆盛が戦死したちょうどその翌日のことであった。西郷を強く尊敬する頭山が、自身の活動家としての人生を本格的にスタートさせたのは、このころからと言えるだろう。当時、頭山はまだ22歳の青年に過ぎなかった。

……余談だが、僕が理系研究者の道を断って、評論、政治運動などにかかわりを持つようになったのも、やはり同様に22歳のときのことであった。人間、志を抱くのはだいたいこのくらいの年齢、ということか。

 

ここから先の頭山の歩みについては、いろいろな本に書いてあるし、本著を直接手に取って読んでみたほうがいいだろう。

本著の長所は、玄洋社の人々を“写真で”見ることができるという点だ。百聞は一見に如かず。大隈重信を襲撃した来島恒喜などは、写真を見ただけで、明らかにカリスマがみなぎっているのがよく分かる。

もうひとつの長所は、頭山とアジアの志士たちとの連帯の強さが分かる、という点だ。

頭山の何がすごいって、あの中国革命の父孫文とふつうに一緒に写真に納まっているというのだから、すごいじゃないか(w)。頭山はまた、朝鮮やインドの活動家たちとも交流を持っていた。日本一国にこもってヘイトスピーチを繰りかえす現代の右翼――あるいはウヨクとカタカナで表記するべきか――とはエライ違いである。

もっとも、そんな頭山が一気に身近に感じられる一幕もある。本著には頭山の電報も載っているが、その内容はといえば、金の無心である(w)。「日本一の豪傑」も、その実、お金には結構苦労していたようで、同じくお金には苦労させられることの多い僕には、なんだか笑えてしまう。

 

本著の92、93ページでは、福岡市にある玄洋社ゆかりの土地などが地図で表示されている。むむむ、困ったなぁ、こんなのを見せられたら、むしょうに福岡に行きたくなっちゃうじゃないか(w

巻末に掲載されている、評論家・松本健一さん(1946‐2014)による解説文も、また実に良い。

 

大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社

大アジア燃ゆるまなざし 頭山満と玄洋社