Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第210回)

・『死にゆく者への祈り』

IRA(アイルランド共和軍)のメンバーであった、主人公の男。IRA時代、誤って小学生の乗ったスクールバスを爆破してしまったことが、いまだにトラウマとなって彼を苦しめている。

序盤、彼はIRAメンバーからの殺しの依頼をしぶしぶ引き受けるが、運悪く、その現場を神父に目撃されてしまう。口封じのためには神父を殺すしかないが、彼のいる教会に通い、神父やその盲目の娘と接しているうち、主人公の心境に変化が訪れる。彼らに情が移ってくるとともに、彼のなかの失われた人間性が徐々に戻ってきたのだ。

ラストはまさしく、「キリストは、罪人を救うためにこの世に来られた」というキリスト教の言葉を彷彿とさせるもの。日本人である僕はまた、親鸞悪人正機説をも思い出していた。阿弥陀仏さまは悪人をこそ、まっさきに救ってくださるのだよ。

 

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・『スリ』

おそらくはドストエフスキー罪と罰』から着想を得たと思しき、1960年公開のフランス映画である。

主人公の男は、自分は特別な人間であり、特別な人間は何をやっても許される――まさにラスコーリニコフですな――という特異な発想のもと、スリに手を染めてしまう。やがてスリ仲間から諸々のテクニックを教わった彼は、スリの常習犯となっていく。

「へぇ! スリにもこんな高度なテクニックがあったのか!」と観客は驚くことだろう。主人公は結構真剣にテクニックを習得していくが、それくらいの熱意があるならちゃんと堅気の仕事に精を出せばいいのに、と思ってしまうのはおそらく僕だけではないはずだ(w

主人公がラスコーリニコフなら、本作のヒロイン・ジャンヌはソーニャ、といったところか。まぁ僕はこういう「悪に染まった男性主人公が純粋無垢な少女のおかげで救われる」みたいな話を見ると「ずいぶんと男に都合のいいヒロインだなぁ」とむしろシラけてしまう人間であるが。

 

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・『捜索者』

正直に言うと、僕はジョン・ウェインみたいな、見るからにマチズモ(男性優位主義)丸出しのアメリカ人俳優はどうにも好きになれない。とりわけ本作のジョン・ウェインは人種的偏見の強い男の役、ときているから、なおさらである。

先住民族コマンチ族に強い敵愾心を抱く主人公の男。その憎悪たるや相当なもので、コマンチ族の死体を見つけると「霊があの世に行けないように」とわざわざピストルでその目をつぶすほどの徹底ぶりである。

そんな彼の姪が、ある日コマンチ族の襲撃を受け、拉致されてしまった。さっそく彼女の救助に向かう主人公だったが、彼女がコマンチ族の社会にある程度馴染んでいるのを見ると「あいつはもう白人じゃない」などと言って、救出を拒むようになる。

序盤から終盤までこんな感じで、とてもじゃないが共感できるヒーローではない。とはいえ、映画自体は意外とコミカルな演出もあり、風景も美しく、それなりに楽しめるのが救いであった。

 

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・『絶壁の彼方に』

独裁者の支配する東欧某国へと赴いた、主人公の米国人医師。独裁者の治療にあたるが、その甲斐もむなしく独裁者は死亡してしまう。独裁国政府から責任を問われた医師は身の危険を感じ逃亡、追われる身となってしまう。

彼はわらをもすがる思いで、英国人ハーフの女優のもとへと駆け込む。話を聞くと、どうやら女優も独裁政治を疎んじており、英米への亡命を希望しているというではないか。かくしてふたりのスリル満点の逃避行が幕を開けた。

迫りくる様々な困難を、主人公ふたりが乗り越えていく。頭空っぽのままでも楽しめる、良い娯楽映画であった。

あ、そうそう、本作に登場する東欧某国の言語は、実在する言語なんですかね? それとも架空のもの? なんかスラヴ語っぽい響きだったけど。その点が気になりました。

 

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・『クンドゥン』

チベットの指導者、ダライ・ラマ14世の青年時代を描いた映画である。監督は『タクシードライバー』でおなじみ、あのマーティン・スコセッシだ。

1930年代のチベットの寒村。チベット仏教の高僧たちが、ある少年の家を訪れた。彼こそ、ダライ・ラマの生まれ変わりだと言う。さっそく少年に先代のダライ・ラマが愛用した杖を見せたところ、彼は「僕の杖だ♪」と言って喜ぶではないか。高僧たちは、この少年が転生したダライ・ラマだと確信するに至った。

このあたりの描写は、以前取り上げた『リトル・ブッダ』とも共通していて、非常に興味深い。

ところがこの新生ダライ・ラマには、過酷な運命が待ち受けていた。第二次世界大戦終結とともに中国がチベットに侵入してきたのである。

1935年生まれのダライ・ラマ14世は、この当時まだ10代の青年にすぎなかったはず。日本でいえば毎日オ○ニーばかりしている男子中高生の年頃なのに、大変な民族的悲劇に遭遇してしまったものである。それも彼は一介のチベット人としてではない、チベットの政治的、宗教的指導者として中国と対峙しなければならなかったのだ。その重荷は我々常人の想像を超えている。

それゆえ、というべきか、彼の佇まいはとても10代の青年のそれとは思えぬほど、実に凛としていて、緊張感がみなぎっている。

終盤、毛沢東――これがまた、いかにも風采の挙がらない小太りの中年として描かれるw――との会談にも手ごたえを感じず、中国軍の暴虐ぶりに悩まされ続けたダライ・ラマ14世は、ついにインドへの亡命を決意する。彼が国境を監視するインドの兵士たちから歓迎される場面を描いて、本作は幕を下ろすのである。

さて、こうした大まかなプロットのほかにもうひとつ印象に残るのが、鳥葬である。

これは、人間の遺体を鳥に食わせるという実にユニークな葬儀方法なのだが、単に遺体を放置するのではなく、鳥が食べやすいように、なんとナタ(!)で遺体を切り刻み、肉のかけらや内臓などを鳥に食べさせるのである。

なんともスゴイ葬儀方法だが(;^ω^)、これなら確かに人間の遺体を無駄なく自然に還すことができる。これもまた、チベットの誇るべき伝統文化のひとつなのだ。

 

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