Furusawa Keisuke's blog

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書評『世界映画名作全史 現代編』

ここ最近、おカタい本が続いたから、今日は気分転換、映画の本を取り上げるとしよう。

『世界映画名作全史 現代編』社会思想社である。著者は、映画監督の猪俣勝人さん(1911‐1979)

タイトルに「現代編」とあるが、本著が刊行されたのは1975年。今から40年以上も前のことである(;^_^A 当然、取り上げられるのは1970年代の(今となっては)懐かしの映画たちだ。

 

僕は一ヶ月に30本というハイペースで映画を見ているが――このことを人に話すとたいてい驚かれる――見るのはたいてい、アメリカ映画だ。

これだけ大量にアメリカ映画を見ていると、気づくことがある。

アメリカ映画は、というかアメリカ社会は、1960年代を境に大きく様変わりしたということだ。

それ以前のアメリカ映画は、明るかった。なんと言うか、一種の“リア充感”のようなもので満ちていた。不思議なことに、1930年代のあの大恐慌のときですら、映画の世界には“明るさ”があったのだ――ちょうどジンジャー・ロジャースフレッド・アステアが歌って踊っていたころである

1960年代あたりから、それが変わりはじめる。いつのまにやら“明るさ”は消え失せ、代わりに“不安”が映画の世界を支配するようになったのだ。

原因はいうまでもなく、ベトナム戦争だろう。「建国200年目の敗北」とも呼ばれるこの戦争によって、それまで正義とされていたものが、崩れた。何が正しいのかが、必ずしも自明ではなくなった。簡単に言えば、アメリカは自信を喪失したのである。

本著に登場するのは、そうした“暗い”アメリカ映画たちだ。

 

もっとも、取り上げられるのはアメリカ映画ばかりではない。フランス映画だって出てくるし、当時まだ鉄のカーテンの向こう側であったソ連の映画も複数紹介されている。

実に興味深い。ソ連の映画というのは、残念ながらなかなか見る機会がないし、そもそもどんな作品があるのかすらよく分からない。見る価値あるソ連の映画を紹介してくれる映画評論の本は、そのため僕にとっては非常に有益である。

本著にて取り上げられているソ連映画を、ぜひ見てみたいものだ。

 

著者の猪俣さんは、1911年の生まれ。あの関東大震災も、リアルタイムで経験した。本著をめくっていると、関東大震災のときの“実体験”が書かれているので、「おっ」と目を丸くしてしまうw(;^ω^)

“実体験”のなかには、重要な歴史的証言もある。猪俣さんによると、第二次大戦前夜の日本にはドイツびいきの感情があった。それは、大英帝国の支配に挑戦しようとするドイツの姿を日本と同一視することからくる、親近感であったという。

ところが戦後、ナチスによるホロコーストの事実が報じられると、それまでのドイツびいきの空気は一転してしまった。猪俣さんは≪これほどの国民的大衝撃は、おそらく黒船来襲の時以来ではなかろうか≫(356頁)とまで書いている。

 

本著において、猪俣さんは映画評論家であり、歴史の証人でもあり、また人生の教師でもある。

おそらくは艱難辛苦を味わってきたであろう猪俣さんによる人生訓が、映画評論というかたちで語られる。同様に艱難辛苦を味わってきた(つもりの)僕には、なんとも味わい深い。

たとえば、以下の一節など、どうだろう。

≪少年の日の思い出は美しい。それは必ずしも少年時代そのものが美しいからではない。遠い少年時代がヴェールに包まれて、その紗の綾を通して見るからだ。しかしそれをなつかしむ時は、すでにこちらは枯れ葉のような自分を知っている。もう二度とあのときのような瑞々しさは甦ってこない、あとはただ音もなく枯れはててゆくしかない自分を知っているからだ。追憶の切なさはそれゆえ疼くような思いで美化されるのである。≫(113頁)

あるいは、こんな一節は。

 ≪「仕事と私と、とっちが大事なの――」

 こういう質問ほど男を困らせるものはない。なぜなら、男にとってそれは二つに分けて考えるべき問題ではないからだ。仕事を大事にしなければ男の社会的地位、実力を確保も発揮もできない。そうなれば又、女への愛情を生かし、表現することもできなくなるからだ。男にとっての女への愛とは、それはただ好きだ嫌いだといってすましていられるような抽象的な問題ではない。女を愛すること自体が一つの仕事であるのだ。そのへんの微妙な一体感が女にはわからない。≫(131頁)

優れた映画評論家は、同時に人生の良き教師でもある。

 

……ただし、猪俣さんに一言。インドの映画監督サラジット・レイの『うた』三部作の評価が低いのは、承服しかねるっ!(ww

 

世界映画名作全史 現代編 (現代教養文庫)

世界映画名作全史 現代編 (現代教養文庫)

 

※今回、僕が読んだのは文庫版ではなくハードカバーのほうです。したがって、引用箇所のページ番号に相違があるかもしれません。ご了承ください