Furusawa Keisuke's blog

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書評『世界映画名作全史 ニューシネマ篇』

先日は、『世界映画名作全史 現代編』をご紹介した。本日取り上げるのは、その続編『世界映画名作全史 ニューシネマ篇』社会思想社である。

……とはいっても、前著の著者、猪俣勝人さんは、1979年に逝去してしまった。

そこで、彼の後輩の映画評論家にして従弟(!)でもあった、田山力哉さん(1930‐1997)が猪俣さんの志を引きつぎ、1984年にこの『ニューシネマ篇』を上梓するに至ったのである。

もっとも、僕にとっては猪俣さんの文章のほうが、なんというか、人生の甘さと苦さがにじみ出ている感じがして、好きだったかな。田山さんにゃ悪いが(w

 

さて、タイトルにある「ニューシネマ」とは、アメリカン・ニューシネマのことである。

前回、アメリカ映画は1960年代を境に変わった、という話をした。昔のアメリカ映画は、自信と活気――もっと言えば「リア充感」に満ちていた。不思議なことに、あれほど深刻であった1930年代の大恐慌においてもなお、アメリカ映画はこの「リア充感」を失わなかったのだ。

ところがベトナム戦争が泥沼化しつつあった1960年代後半あたりから、暗転。既存の価値観に疑いの眼差しを向けるような映画が多数制作されるようになったのだ。

それが、アメリカン・ニューシネマである。かつてアメリカ映画を支配していた「リア充感」は、木っ端みじんに吹き飛んでしまった。

 

本著は、前著と同様、こうした“暗い”アメリカ映画を複数取り上げている。

が、冬の後には春が来る。明けない夜などない。

本著を読んでいると、一方で、そうした暗い時代が終焉しつつあることも、また分かる。

たとえば、『ロッキー』はどうだ。『アニー』はどうだ。これらは昔の古き良きアメリカを、20世紀後半においてリバイブさせるという試みではなかったか。

とりわけ『アニー』は象徴的だ。なにせ、戦前のハードボイルド映画の金字塔『マルタの鷹』を撮影した、あのジョン・ヒューストン監督の手による作品なのだから!(えーっ、ヤダ信じらんなーい!w)

アメリカ映画は、着実に“次のステージ”へと入りつつあったのである。

 

さて、田山さん、意外にもゲテモノ映画がお好きだったようで、本著を読んでいると『ソドムの市』とか『キャリー』とか、ゲテモノ映画がいくつかピックアップされていて、ワクワクしてしまう。

そう、「ワクワクしてしまう」のだ(w)。意外だとよく言われるが、実を言うと僕もそのテのゲテモノ映画が好き(w)。たとえば、石井輝男監督が『網走番外地』シリーズの後に撮った、いわゆる「異常性愛路線」の映画が大好きだ。

う~む、こりゃあ、田山さんとは意外と話が合うかもしれねぇなぁ、と思ったが、まことに残念なことに、その田山さんも1997年に亡くなってしまったという。

猪俣さん、田山さん、ともに早世であった。