Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『頭山満言志録』

本ブログではこれまで、戦前日本にて暗躍した右翼団体玄洋社(げんようしゃ)の話をたびたび取り上げてきた。

本日ご紹介する『頭山満言志録』書肆心水は、そんな玄洋社の総帥・頭山満(1855‐1944)の講演録を一冊の書籍にまとめたものだ。

明治期の思想家・活動家たちの文章は、基本的に漢文みたいな文体だから、現代人の我々にはなんとも読みづらい。その点、本著は講演録なので話し言葉で書かれており、とても読みやすい(仮名は旧仮名遣いだけど)。まるで頭山翁が目の前で喋っているかのような臨場感がある。

 

本著にて、頭山翁が持ち上げて持ち上げて持ち上げまくるのが、今年の大河ドラマの主人公・西郷隆盛である。

頭山翁に限らず、戦前の右翼の活動家たちはみな、西郷のことを「大西郷」と呼んで敬愛してきた。だが頭山翁の西郷への傾倒ぶりは、半端ではない。

≪右の籠に西郷さんを入れ、左の籠に一億人を入れてそれを天秤棒で担ぎ上げたら、どちらが重からうかネ。西郷さんの方が重く、一億人が軽くて、左の籠が天ビンにつかへて、とても荷にはなるまい。≫(121頁)

そ、そこまで言うかw(;^ω^)

頭山翁はとにかく、西郷について語る、というか、一方的に誉めまくる(w)

どうしてここまで持ち上げるのかというと、頭山翁はじめ玄洋社のメンバーたちは、明治維新は未完であると考えていたからだ。

幕末の志士たちはたしかに徳川幕府を倒し、新時代を作り上げた。だが結局は、薩長のエリート連中が政治を独占するという結果に終わってしまった。維新、未だならず……

そう考える彼らは、西郷の起こした西南戦争を「第二の維新」と位置づけていた。だからこそ、西郷は彼らにとって、永遠の憧れなのだ。

 

本著後半に入り、頭山翁はようやく、自らについて語るようになる。

頭山翁の言葉は、そのひとつひとつに、重みがある。いつのまにか、一人称が「俺」になっている。

≪俺は若い。

 まだ赤ん坊ぢや。

 赤ん坊に、白髯の生えたやうなものぢや。≫(192頁)

とりわけ印象深いのが、この言葉だ。

≪若いと思つて油断はならぬ、一日を一生の気で、うむとやつて退けむと、墓場に這入つて寝飽いても起き出る事が滅多に出来ぬと覚悟せぬと褌がゆるんで来る。≫(219頁)

 一日を一生だと思って生きる!

まさに、「言うは易く行うは難し」の典型のような言葉だ。

僕も、さすがに一日で一生分生きるというのは無理だとしても、せめて一日一日を悔いのないように生きたいと思う。

 

本著の末尾を飾るのは、小説家・夢野久作(1889‐1936)による頭山評である。夢野は、小説『ドグラ・マグラ』の作者として知られる。その夢野が、どうしてこんなところに出てくるのか。

実を言うと、彼の父・杉田茂丸(1864‐1935)玄洋社のメンバーであったからだ。しかも、ただのメンバーではない。頭山翁の側近中の側近として玄洋社を支えた、最重要メンバーのひとりだったのだ。

当然、そんな茂丸を父に持つ夢野も、頭山翁とは親交があった。そういう縁で、彼があとがきを書くに至ったのである。

 

夢野のあとがきでは、頭山翁が子供のころから無欲の少年であった点が強調されている。

ここは、結構重要なポイントだと思う。

このあとがきも含め、本著全体を貫いているのが、無欲のすすめである。

さきほど、戦前右翼が西郷を尊敬したのは、西南戦争に「第二の維新」を見出したからだ、と書いた。だが、もうひとつあるのだ。西郷は贅沢を嫌い、清貧を貫いたからである。

西郷が、そして彼を慕う戦前右翼たちが美風としたのは、「児孫のために美田を買わず」の精神である。

僕は、しかしながらこれは逆なのではないか、と思っている。

児孫のためにこそ、美田を買うべきではないのか。

清貧を良しとする風潮が、この国を長期にわたるデフレに突き落としてしまったのではなかったか。

 ≪旨い物が食べたい、暖かいものが着たい、安楽がしたい、といふ皆んな肉体の命令するところに精神を引きづられて行きよる。これでは人は万物の霊長だと威張つて居れぬわけで、畜生と同じものぢやテ。≫(110頁)

美味いものが食べたい、暖かいものが着たい、安楽がしたい……それでいいではないか。いったい何がいけないというのか。

人々のそうした欲望こそが、エンジンとなってこの近代社会を駆動させてきたのではなかったか。

近代社会に生きたいと望むのであれば、まずは欲望を肯定するところから、話をはじめるべきではないか。

 

頭山満言志録

頭山満言志録