Furusawa Keisuke's blog

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書評『図解 ゼロからわかる経済政策』

リフレ派の論客として知られる、経済学者の飯田泰之さん。

飯田さんの著作には一般人向けの分かりやすい入門書が多く、僕もこれまで彼の著書を読み、経済学を勉強してきた。

本日ご紹介する『図解 ゼロからわかる経済政策 「今の日本」「これからの日本」が読める本』(KADOKAWA)もまた、そんな飯田さんの手による、わかりやすい入門書のひとつだ。

 

経済を良くするための政策を、経済政策と呼ぶ。

飯田さんはまず経済政策を、成長政策、安定化政策、再配分政策の三つに分け、それぞれについて解説していく。

成長政策とは、潜在GDP――生産設備がフル稼働し、失業者がまったくいない状態でのGDP――を引き上げるための政策のこと。安定化政策は、景気を安定化させるための政策であり、財政政策と金融政策とに分けられる。最後の再配分政策とは、富を国民に均等に配分していくための政策である。

本著は『図解~』というだけあって図表が充実しており、とても分かりやすい。おまけに重要な箇所は太字で印刷され、なおかつ重要な単語は網掛けになっているというサービスつき。これはありがたい!

 

いや~、勉強になることが多かった(w)。たとえば、シュンペーターの「創造的破壊」の話。

これを簡単に説明すると「不景気のほうが、かえって良いんだぁ!」という発想のことである。どうして不景気のほうがかえって良いなどという、いささか倒錯した発想が出てくるのかというと、不景気を通じて生産性のないダメな企業が淘汰されるので、一国全体の経済はむしろ強化されるという理屈なのである。

ところが今日では、この理屈はやっぱりおかしいぞ、という話になっている。現に日本でも、小泉政権時代に創造的破壊の発想のもと構造改革が行われたが、シュンペーターの言うような経済の強化は実現しなかった。

ではシュンペーターは間違っていたのか? 飯田さんによれば、必ずしもそうではないとのこと。

シュンペーターの生きていた時代では、労働者のスキルが低くても問題なかったため、不景気のときでも他の業種に転職することが容易だったのだ。ところが現代では高度のスキルが求められるようになったため、不景気下での転職が難しくなったのである。これが、創造的破壊が“現代では”通用しなくなった理由だと飯田さんは言う。

かつては正しかった経済理論も時代が変わると正しいとは限らなくなる、というのはなかなかに興味深い話だ。

労働者に求められるスキルが高まったという指摘も面白い。飯田さんは、どういうわけだか保守派の間で人気の公共事業についても、今日の土木業界では高度のスキルが求められるので、昔のように簡単に労働者をかき集めることはもはやできない、としている。

この点、徴兵制の是非をめぐる議論とも通じるものがある、と言えるだろう。軍隊もまた、今日では極めてハイレベルのスキルを求められる“業種”だからだ。

 

飯田さんはときに、衝撃的な提言もする。労働市場をもっと自由にする――つまり、首切りを自由にする、という提言だ。

「おいおい、いくらなんでも、そいつぁあんまりだぜ」と皆さん思われるかもしれない。だが同時に、留意すべきことがある。

飯田さんは、ベーシックインカム(BI)肯定論者だということだ。

つまり飯田さんは、企業が自由に労働者の首を切れるかわりに、首を切られても労働者がちゃんと生きていける社会を構築しよう、と言っているのだ。決して、労働者が首を切られるのは自己責任、などとは言っていないので注意されたし――というか、飯田さんはそのテの自己責任論にむしろ批判的である

 

さて、それでは最後に、本著を読んで一番面白いと思った部分をご紹介するとしよう。それは、以下の箇所である。

≪経済学者は「お金だけが大切」とか「お金さえあれば幸せ」なんて話はしていません。明確な目標にできて、それゆえに具体的な対策がつくのがお金の問題だ。だからまずはお金に関する幸福度を上げることから始めようじゃないか(その他のことは別途、そして並行してその分野の専門家が考えればよい)というわけです。

 それでもなお「やっぱり経済成長よりも心の豊かさが重要ではないか」という反論があるかもしれません。(中略)しかし、このように一見もっともらしく聞こえる言葉ほど、よくよく気をつけなければなりません。

「カネだけが幸せではない」「カネがあっても幸せとは限らない」という主張から「カネがあると幸せになれない」という主張は導かれません。(20‐21頁、太字部分は原文ママ

僕は先日、戦前右翼の巨頭・頭山満の講演録を取り上げた。そこで気づいたのは、頭山はじめ戦前日本の右翼たちには、贅沢を嫌い、清貧を重んじるという傾向があることだ。

飯田さんは、そうした価値観を必ずしも否定はしない。世の中、そういう考えの人もいるだろうね、と認めている。実を言うと僕自身も、贅沢よりかは清貧のほうを好む人間だ。

飯田さんが言いたいのは、「みんなカネさえあれば幸せだよね」ではなく、「カネがあれば幸せになれるという人もいるよね」ということなのだ。そしてカネの問題は、飯田さんも言うとおり、明確に目的にでき、具体的な対策を立てることができる。それならば、まずはカネの問題をなんとかしようじゃないか……と、こういう理屈なのだ。

この箇所は、読んでいて思わず「あっ!」と唸った。

今の日本人が直視すべきは、まさに上の引用箇所にある「『カネだけが幸せではない』『カネがあっても幸せとは限らない』という主張から『カネがあると幸せになれない』という主張は導かれ」ないという事実ではないのか。

 

ことほどさように、分かりやすく、刺激に富んだ本著。皆さんもぜひ読んでみてください。きっと経済の見方、モノの考え方が変わりますよ。