Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『死ぬ瞬間』

本日取り上げる書籍は、米国の精神科医、エリザベス・キューブラー=ロス(1926‐2004)の『死ぬ瞬間 死とその過程について』中央公論新社である。

 

タイトルに「死ぬ瞬間」なんて語句が入っているくらいだから、てっきり臨死体験の事例を多数収録した本なのかと思ってワクワクしてしまった。僕は子供のころからそのテのオカルト的話題が大好きだからだ。

そしたら、違った(w)。余命いくばくもない人間が自らの死を受け入れるまでの過程を扱った本であった。つまり、「死とその過程について」というサブタイトルのほうこそ、本著のメインテーマだったのだ。まったく、ややこしい邦題つけやがって。ぷんぷん。

 

自らの余命が残りわずかであることを知った人間――たとえば末期ガンを宣告された患者など――は、一体どのような経過をたどるのだろう。

著者によれば、以下の5つのプロセスをたどっていくのだという。

第一段階:否認と孤立

「自分が死ぬ」という事態を認めたがらない段階。これは人間として当然の反応だろう。僕だってこの状況に立たされたら、頑として認めたがらないだろうから。

第二段階:怒り

「なんでこの俺が死ななきゃならないんだ! あいつが死ねばいいのに!」と怒りの感情をあらわにする段階。これまた、当然の反応と言っていいだろう。僕だったら「○○なんてさんざん悪いことやってるじゃないか! 俺のかわりに○○が死ねばいいのに!」と具体的な固有名詞をガンガン挙げて毒づくことだろう。僕は、ことほどさように聖人君子からは程遠い人間である。

第三段階:取り引き

これはちと分かりにくいが、たとえば「せめて息子の誕生日まで生きながらえさせてください」と神に“取引”を持ちかけるという段階である。

第四段階:抑鬱

まさに文字通り、抑鬱状態になる段階である。

第五段階:受容

この段階まできてようやく、人間は自らの死を受け入れるという。だが僕だったら、はたしてこの受容の段階まで達することができるだろうか。第二段階「怒り」のまま、その先へ進めず死ぬ人だっていそうな気がするのだが……。

著者は実際に、患者や医療関係者などにインタビューを行い、本著のなかに彼らの証言をふんだんに載せている。その証言は長く、ときに何十ページにも及ぶことすらある。

 

さて、こういう、人間の死をテーマとした本や映画、あるいはアニメなどを見ると、僕はどうしても、「この作品の作者は、一体どういう人なのだろう?」と気になってしまう。

本当に人間の死について突き詰めて考えた人なのだろうか? それともただのお涙頂戴劇を作って一儲けしたいだけの人なのだろうか?

本著の著者エリザベス・キューブラー=ロスは、調べてみたら、とても興味深い人物であった。

本著を執筆した時点ではまだそうでもなかったのだが、その後、霊を見るなどの超常現象を体験し、晩年はすっかりオカルティストとなって、輪廻転生や死後の生を信じるようになったというのだ!

なんだ、それなら彼女の後期の著作を読んだほうが面白かったかもしれないな、と少しばかり後悔した。

もっとも、オカルティストの言説は、ある意味でプロレスと似ている。あれは「本当はウソだと知ったうえで、あえて信じるふりをして楽しむ」娯楽である。たとえ、言っている当人はガチで信じていたとしても、聞いているほうの我々は、それをネタとして笑いとばさなければならない。

オカルト話は、面白いと同時に陳腐でもある。エリザベス・キューブラー=ロスは、本著を境に陳腐化してしまった、と言えるのかもしれない。

 

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)