Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『大正天皇』

本ブログでは先月、ドナルド・キーンさんによる明治天皇の評伝を取り上げた。

明治天皇は、今日でも「大帝」と称され、根強い人気を誇る。彼をまつった明治神宮は都内有数のパワースポットとされ、参拝客が絶えることがない。

一方、そのご子息の大正天皇はというと……言っちゃ悪いが、「影が薄い」という印象がぬぐえない。

そのまたご子息の昭和天皇のほうは、20世紀の日本を代表する人物である。近年では映画にも登場するし、彼の誕生日は「昭和の日」として祝日に定められてもいる。

そんな昭和の日にならってか、「明治の日」もつくろう、という声が保守派の間であがっている。が、「大正の日」もつくろうという声は、寡聞にして聞いたことがない。明治、昭和の両大帝の間に、大正天皇は埋もれてしまっている。

本日ご紹介する『大正天皇朝日新聞出版)は、そんなお気の毒な(?)大正天皇を主人公とする評伝である。著者は、歴史学者原武史さん。

 

大正天皇は幼少の頃、脳炎を患った。その後遺症が、彼が成人して後に少しずつ表れてくるわけだが、ここでひとつ注意してほしいのは、俗に言われているような「大正天皇は子供のころからずっと病弱だった」というわけではなかった、という点である。

大正天皇は、思ったことをすぐ口にする、快活な青年だった。

勉強は嫌いだったようだが、それをいうなら勉強が嫌いな子供なんて世の中にゴマンといるではないか。むしろ勉強が好きなどという子供のほうが、少数派であろう――僕は好きだったけど(w)

皇太子になって後、大正天皇は全国を行幸するようになった。明治天皇もそうだったが、それまでずっと宮中の狭い空間のなかで育てられた青年期の天皇にとって、行幸はさぞや胸ときめかせる体験だったに相違ない。

大正天皇は、行く先々で、市井の人々にフランクに話しかけた。ときに、こんな質問すらした。

≪新潟高等女学校では、校長に「習字は大層上出来なるが、実際生徒が之を執筆したるものなりや」。≫(117頁)

校長先生のギョッとした顔が目に浮かぶようだ(w

大正天皇は、民衆に直に触れるため、監視の目をかいくぐって予定外の行動にでることもたびたびあったらしい。

なんとも型破りな行幸は、メディアに写真付きで報じられた。今日では当たり前のことだが、当時はそうではなかった。明治天皇は写真嫌いだったこともあり、行幸の写真が出回るなどということはありえなかった。大正天皇は、しかしながら写真付きでばんばん報じられたのである。

近代天皇制は、ここに新時代を迎えることとなった。

 

本著では、大正天皇行幸で具体的にどの鉄道路線が使われたか、に至るまで地図付きで詳述されている――著者の原さんは、大の鉄道ファンとして読書人の間では有名である

天皇の保養地として、沼津御用邸の名がたびたび言及されるのも、沼津出身者である僕にとっては、なんともうれしい限りだ。僕の実家は、沼津御用邸から歩いて10分ほどのところにある。そのせいか、僕は幼少の頃から皇室に親しみを覚えてきたのである。

大正天皇は、朝鮮にも足を延ばしている。朝鮮に興味があったようで、当時の日本人としてはやや珍しく、朝鮮語を勉強している。晩年、症状が進み、言葉すらおぼつかなくなったはずの大正天皇は、ふいに朝鮮語を口に出すことがあったらしい。本著において、最も印象に残るエピソードだ。

 

皇太子時代の大正天皇は、必ずしも病弱ではなかった。彼にとっての悲劇は、むしろ天皇に即位して以降に訪れた。

天皇としての公務に忙殺され、自由が無くなった。彼の身体は、そんな生活に耐えられなかった。

まもなく、体調を崩した。脳炎が再発したのだ。次第に衰え、言葉もおぼつかなくなり、ついには親しい人すら認識できなくなった大正天皇の姿は、なんとも痛ましい。

事ここに至って、皇太子の昭和天皇摂政宮となり、“事実上の天皇”となる。

このころ、日本は朝日平吾による安田善次郎刺殺事件を皮切りに、一大テロルの時代を迎えた。

原さんは、この符号を偶然ではないとみる。新しい「天皇」がメディア上に現れるのを見て、右翼テロリストたちが時代の変化を鋭く察知した、と言うのだ(305‐306頁)。なるほど、面白い見方だな、と思った。

 

大正天皇にとっての悲運はもしかしたら、戦前に生まれてしまったこと、にあるのかもしれない。

戦後の象徴天皇制の時代に即位していれば、このフランクな天皇は、あるいは国民から親しまれたのではないだろうか。

明治・昭和両大帝の間に埋もれてしまうことも、なかったのではないだろうか。

 

大正天皇の姿を映像化して見てみたいな、と思った。映画でもドラマでもいいから。主演は……そうだなぁ、オダギリジョーあたりで、どうだろう? ダメかな?(w

 

大正天皇 (朝日文庫)

大正天皇 (朝日文庫)