Furusawa Keisuke's blog

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書評『永遠の維新者』

先日は、戦前の右翼に関する著作を取り上げた。

それでは、戦後になってからの右翼は、どうだったのだろう。

率直に言って、戦後になってからの右翼は、あまりぱっとしない。「右翼」と聞いて皆さん思い浮かべるだろう、「北方領土奪還!」とか書かれた黒塗りの街宣車に乗って大音響で軍歌を流しながら爆走する、ああいうタイプの右翼が主流となってしまった。

だがもちろん、戦後の右翼のなかにも、すごい人はいたのだ。

葦津珍彦(1909‐1992)さんである。

難訓であるが「あしづ・うずひこ」と読む。くれぐれも「ちんひこ」などとは読まないように。

本日取り上げる本は、そんな葦津さんの著作『永遠の維新者』(葦津事務所)だ。

 

本著は、「維新の理想 未完の変革」「孤戦と連合 内戦の政治力学」「明治の精神 明治国家の形成とナショナリズム」の三章構成。このうち第一章の主役が、今年の大河ドラマの主人公、西郷隆盛である。

右翼のあいだで、西郷の人気は根強い。玄洋社の総帥・頭山満に至っては、「右の籠に西郷さんを入れ、左の籠に一億人を入れてそれを天秤棒で担ぎ上げたら、どちらが重からうかネ」とすら言っている。

僕はこれまで、西郷がどうしてこれほどまでに“モテる”のか、正直、よく分からなかった。

本著を読んで、その理由がおぼろげながら、分かってきた気がした。

要するに、西郷隆盛チェ・ゲバラなのだ。

19世紀の日本人であり、かつ右翼から慕われた西郷を、20世紀南米の左翼革命家であるゲバラと結びつけるのは、なにやら唐突に思われるかもしれない。だが、現実の維新政府に失望し、さらなる「第二維新」を起こそうとした西郷と、キューバ革命だけでは満足せず、さらなる革命を求めてボリビアへと旅立ったゲバラとは、相通ずる点が多いのだ。

現に、葦津さんもこう言っているではないか。

≪私はゲバラ主義のイデオロギーには同感しないけれども、ゲバラがナセルやカストロよりも後世の革命青年のなかに精彩ある精神的影響力を残しうるだろうと思っている。≫(16頁)

 

左翼と右翼を相容れないものとする通俗的理解は、間違っている。

ある意味では、左翼と右翼は通底しているのだ。どうしてだろう。

図をイメージしながら考えてみるといいだろう。

左から右へ、一本の線を引く。真ん中に「中道」がおり、左側に「左翼」が、右側に「右翼」が、それぞれいるとしよう。中道は、とりあえず現在の社会(の仕組み)にはそれなりに満足している。まぁ、細かい点では不満はあるのだろうが、社会を根本から変革する必要はないと考えている。では、左翼と右翼はどうだろう。

左翼は未来の社会――それはしばしば共産主義社会と呼ばれる――に希望を託す。対して右翼は、過去に存在した(とされる)理想社会に希望を託すのである。

両者は、かたや未来志向、かたや過去志向、とベクトルの向きはそれぞれ正反対であるが、そのベクトルの大きさ、つまり現在の社会(の仕組み)に対する不満の大きさでは、共通するのである。

だが、未来の社会と過去の社会とは、それほどに違うものか。右翼が理想視する過去の社会だって、実際にそんな社会が存在したのかどうか、歴史学的な確証は必ずしもない。一方、マルクス主義がゴールとする共産主義社会だって、ある意味では原始共産制の再来、とも考えられる。

そう考えてみると、左翼と右翼のあいだに違いを見出すことは、ますます難しくなる。葦津さんは言う。

 ≪偉大なる新しい進歩的変革への動きが、しばしば「古代へのあこがれ」という復古の表現をとることを、逆説的に感ずる人もあるが、それは必ずしも日本や東洋にのみ特有のことなのではない。中世ヨーロッパの文明が重苦しいゆきづまりを感じさせたときに、新時代の思想家たちは、古代ローマギリシャの文明のなかに、未来の理想時代のイメージを見出した。これは人間心理として決して異常なことではない。≫(51頁)

≪歴史は必ずしも進歩的な思想や知識によって進歩するものではなく、時には反動的ともみえる思想や情熱を利用して進歩のコースを歩む場合がある。≫(133頁)

葦津さん自身、一般には左翼と見なされている鶴見俊輔さん(1922‐2015)と親交があったことで知られる。鶴見さんの雑誌『思想の科学にも葦津さんは寄稿している――本著の記述の一部も、もともとは同雑誌への寄稿文であった

右翼と左翼は、意外なところでつながっていたのだ。

 

さて、複数の独立した章で構成される本著、このほかにも興味深い論点をたくさん見つけることができる。

たとえば、西郷隆盛大久保利通コントラスト。西郷がゲバラだとするなら、大久保はさながらレーニン、スターリンといったところか。明治政府という名の革命政権を樹立した後、大久保は徹底して冷徹な権謀術数を駆使し、産声を上げたばかりの明治政府をひとつの近代的政府へと育て上げた。

大久保は、政治家としては有能だったかもしれないが、反面、その冷酷な性格のせいで多くの人から恨まれ、最終的には暗殺された。最後まで人望の厚かった西郷とは対照的だ。

大久保と西郷の対立は、リアリスト対ロマンティシストといった感がある。だが西郷とて、決して欧米の文明を全否定していたわけではないのだ。彼は、テクノロジーに関しては積極的に欧米を見習うべし、としていた。それはおそらく、彼の主君であった島津斉彬の影響によるものだろう。

西郷も、ある意味ではリアリストであった。決してただのふわふわした脳内お花畑の人などではなかった。ただ、リアリズムを発揮すべきと考える分野が、大久保とは違ったのだ。

 

さて、西南戦争は、そんな強烈なふたつの個性が激突した事件であったわけだが、このような深刻な内乱を経験しながらも、日本がロシア革命ほどの流血を見なかったのは、なぜか。

天皇のおかげだ、と葦津さんは言う。天皇という民族団結のシンボルがいてくれたからこそ、日本は植民地化の脅威のなかにあって統一国家を樹立することができたのであり、またロシアのような陰惨な革命戦争を経験せずに済んだのだ、と言う。

我々戦後生まれの日本人には、天皇のありがたみが、いまいちよく分からない。分からないままに右寄りの人たちから「とにかく陛下を尊崇しろ!」と言われるものだから、かえって反発してしまう。その点、本著における葦津さんの議論のように理路整然とした説明ならば、天皇のありがたみがストンと腑に落ちるのである。

 

葦津さんは、「戦後右翼のイデオローグ」とも言われる。だが本著を一読すればただちに分かるように、葦津さんは意外にもニュートラルな印象を与える人だ。そして、非常に現実主義的でもある。

上述のとおり左翼とも交流のあった人だから、近代という時代を、そしてマルクス主義という思想を、深いところまで実によく理解している。右翼のあいだでは不人気な「天皇制」という用語を普通に用いている点も、印象に残った。

こういう人が、かつてはいたのだ。

 

皆さんもどうかこれを機に、葦津珍彦の著作に触れてみてほしい。きっと、右翼のイメージが変わるはずだ。

 

永遠の維新者 (「昭和を読もう」葦津珍彦の主張シリーズ (2))

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