Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第225回)

・『アフガン零年

タリバン政権下のアフガニスタン

主人公の少女の家では、男が全員戦乱で死んでしまった。もはや他に稼ぎ手がいないというので、やむなく少女が髪を切り、男装して働くこととなった。

ところが、タリバンの神学校などへ引きずり回されるうちに、正体が女だということがバレてしまう。彼女は、宗教裁判にかけられることとなる。

本作で浮き彫りにされるのは、アフガンの女性たちの極めて過酷な差別的待遇だ。彼女たちは働くことはおろか、自由に外出することすらままならない。こんな理不尽が現代で許されていいのか、と観客は驚くとともに、強い憤りを覚えることだろう。

本作は、世の理不尽に対し“怒り”で立ち向かう、そんな映画である。

 

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・『ユージュアル・サスペクツ

カリフォルニアの港町で船が爆発、中から多数の死体が発見される。警察は、この事件でただひとり生還した、足に障害のある男を尋問する。

ここから、話は事件の6週間前へとさかのぼる。NYにて5人の「常連の容疑者」ユージュアル・サスペクツが結集。彼らは、実在しないとも言われる伝説的ギャング「カイザー・ソゼ」の手下だという「コバヤシ」なる男から、麻薬密輸船の襲撃を命令される。

見るからに「ギャング映画~」といった感じの本作、画面いっぱいに犯罪映画特有の怪しい匂いがプンプンと漂う。はたして、「カイザー・ソゼ」なる人物は本当に存在するのか。もしそうなら、いったいどのような男なのか。

……観客を「あっ!」と言わせる衝撃のラストまで、目が離せませんぜ、旦那。

 

 

・『奴らを高く吊るせ!』

僕は西部劇というジャンルには正直あまり興味がないのだけれど、クリント・イーストウッドの出演作なら話は別だ(w

彼の出世作『荒野の用心棒』は、マカロニ・ウエスタンの傑作であり、僕は西部劇映画のなかではこの作品が一番のお気に入りなのである。

本作もまた、そんなクリントが主演をつとめる西部劇映画。リンチにかけられ、あわや殺されそうになった主人公の男が、保安官に転じて法の下に復讐を遂げようとする話である。

かくして公権力の側についた主人公であったが、彼が目の当たりにしたのは、司法権力の腐敗ぶり。これではかつて自分をリンチした連中と、大差ないのではないか……?

クリントの主演・監督作品には共通して、「公権力への不信」が描かれる。本作もまた、そのような意味で、いかにもクリントらしいといえる作品であった。

音楽もカッコいい♪

 

 

・『オフサイド・ガールズ』

先ほどの『アフガン零年』同様、こちらもイスラーム諸国における女性差別の問題をテーマとした映画である。

イスラーム圏に属すイランでは、男子サッカーの試合を女性が観戦することは許されていない。サッカー好きの主人公の少女たちは、そこで、男装するなどしてたくみにスタジアム内へともぐりこみ、警備を担当する警察官たちと追いかけっこを繰り広げる。

本作は、イラン代表がサッカーW杯出場をかけた重要な一戦と、その裏で繰り広げられる少女たちと警察との“一戦”を軽快なタッチで描いた映画である。

作中、少女たちのうちのひとりと警察官とが、こうやり取りをする。

少女「どうして女がスタジアムに入っていけないのか?」

警察「男と女は世界が違うからだ」

少女「でも対日本戦のときに日本人女性は普通にスタジアムに入っていたが?」

警察「日本人女性はペルシア語の汚い言葉が分からないからいいのだ」

少女「それなら汚い言葉さえなければ、女がスタジアムに入ってもいいのか?」

警察「ぐぬぬ

……といった具合で、女性の観戦を禁じる規定がいかにあやふやな根拠に基づくものなのかが、やり取りを通じて明るみに出されるのである。

アフガン零年』がシリアスな社会派映画だったのに対し、こちらはややコミカルな印象を与える作品である。

世の理不尽を描くにあたって、ふたつのやり方がある。正面から“怒り”をもって告発するやり方と、シニカルに“笑い”(嗤い)の対象とするやり方のふたつである。『アフガン零年』と本作が、それぞれ前者と後者に対応していることが、よくお分かりいただけることだろう。

  

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・『起終点駅』

佐藤浩市演じる裁判官の主人公。学生運動時代の恋人と再会し、不倫の関係に陥るが、彼女は主人公の目の前で電車に飛び込み自殺してしまう。

責任を感じた主人公は、以来、根室にて弁護士稼業をしながらひとりでひっそりと暮らしている。まるで自らを「懲役刑」に処しているかのようだ。

そんなある日。もはや老年となった彼の前に、本田翼演じる若い女が現れる。主人公のなかで止まっていた時間が、かくしてふたたび動き始める。

べつに、「若い女の子が来てくれたおかげでおじいちゃんが元気になった」という単純な話ではなかろう(w

どんなに知的な男でも、否、知的ならばなおのこと、女が必要である。単に身の回りの世話をしてくれるというだけでなく、(知的な)男にとって、女は一種の「神」ですらあるからだ。かつて「神」を失った主人公は、ふたたび「神」と出会うことによって、生きていくための心の糧を得たのである。

それにしても、佐藤浩市、年老いてますます父・三國連太郎に似てきましたなぁ。メガネなんかかけると、特に(w

舞台である根室の街も、実に美しい。

 

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