Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『日本中世の国家と仏教』

本ブログではこれまで、歴史学者・佐藤弘夫さんの著作をいくつか取り上げてきた

本日ご紹介するのも、佐藤さんの著作『日本中世の国家と仏教』吉川弘文館である。本著はまた、佐藤さんにとって記念すべきデビュー作となった本でもある。

これまでに紹介した佐藤さんの著作と比べると、本著は記述がより専門的であるため、一般の読者は読むのにいささか骨が折れるかもしれない。

 

本著ではタイトルの通り、中世日本の仏教について語られるのだが、ここで我々読者は常識を覆されることとなる。

「鎌倉仏教」という呼称のせいか、我々は、鎌倉時代浄土真宗曹洞宗日蓮宗などの新しい仏教が、天台宗をはじめとする古い仏教にとってかわった時代、というふうについ考えてしまいがちである。

だがそれは適切ではない、と佐藤さんは言う。実際には、鎌倉時代では浄土真宗などの新仏教はまだまだ弱小の新興勢力にすぎず、相変わらず大きな権力を有していたのは「南都北嶺」と呼ばれる旧仏教であった、と言うのだ。

しかも、彼ら旧仏教は民衆への布教にも熱心であった。「旧仏教=権力者のための仏教、新仏教=民衆のための仏教」という一般的な図式も、これまた実態とは異なっていたのだ。

このように、読者に仏教への認識を改めさせながら、佐藤さんは論を進めていく。

 

佐藤さんは、やはり日蓮に関心があるようだ。

あとがきを読んで分かったが、佐藤さんはもともとは近代における日蓮主義に関心があり――ということは、法華経信仰の篤かった北一輝石原莞爾などの戦前右翼にも関心があったのだろうか。この点、もっと佐藤さんの話を聞いてみたかった――そこから次第に日蓮本人へと関心が移り、中世仏教の研究者になったのだという。

一方、禅宗のほうにはあまり関心がないようだ。本著でも、浄土真宗日蓮宗と比して、禅宗の記述は少ない。それには、禅宗武家政権と結びついて、革命勢力というよりかはむしろ体制側として勢力を拡大した、という点が関係しているのかもしれない。

本ブログの読者の皆さまならご存知の通り、僕は曹洞宗やその開祖・道元に関心があるので、その点、佐藤さんとは“すれ違い”があるようだ。残念。

 

さて、今回僕が読んだのは、1987年に刊行された初版ではなく、2010年に出た復刻版である。あとがきにて、佐藤さんは本著のことを振り返っている。

佐藤さんは、歴史学者・黒田俊雄さん(1926‐1993)の『日本中世の国家と宗教』という本から、多大な影響を受けたのだという。そもそも本著のタイトルからして、黒田さんのこの著作へのオマージュであることは明らかだ。

佐藤さんは、しかしながらそんな憧れの存在、黒田さんから手厳しく批判されてしまったのだという。

≪一九九〇年に刊行された『日本中世の社会と宗教』における、黒田俊雄氏による本書の批判である。その批判は極端な誤読と曲解にもとづくものであり、反論にすら値しない内容であるが、それにしても私が大きな影響を受け、学問的にも尊敬していた巨匠からの批判はこたえた。≫(280頁)

これは、皮肉にも日蓮がたどった道と同じではないか。

日蓮も、『立正安国論』を著した若い頃は、自らの出身宗派・天台宗を擁護する立場から、法然の専修念仏の教えを手厳しく批判したのだった。ところがその天台宗とも最終的には決裂し、彼は日蓮宗というまったく新しい宗派を切り開いたのである。

同様に、佐藤さんもまた、多大な影響を受けた巨匠・黒田さんと訣別し、自らの新しい歴史学を切り開いたのだ。

≪黒田氏との否応ない対決は、私にとっては父殺しの試練であり、新たな旅立ちの契機となった。私はこの事件以降、イデオロギー論を射程に置いた中世仏教研究を断念した。そして中世を中心とする列島の精神世界を、仏教・神道道教といったジャンルを超えたコスモロジーとして、より実態に即した形で相対的に再現する作業に取り掛かることになったのである。≫(280頁)

佐藤さんには苦渋の選択だったろうが、個人的にはこれで良かったのだと思う。

『鎌倉仏教』のようなイデオロギー色の強い本は、確かに強い情熱を感じさせはしたが、ちょっと熱が入り過ぎているきらいがあった。

それよりも、『神国日本』のように中世の神仏習合の世界観を描いた本のほうが、僕には圧倒的に面白く感じられるのだ。

 

本著は、歴史学者佐藤弘夫の原点とも言える、興味深い本であった。

 

日本中世の国家と仏教 (歴史文化セレクション)

日本中世の国家と仏教 (歴史文化セレクション)