Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

最近見た映画の感想(第231回)

・『ニュースの真相』

2004年、アメリカで実際に起こったフェイクニュース騒動を映画化した作品である。

大統領選が行われるこの年、再選を目指すブッシュJr.大統領に、若いころ徴兵逃れをしたのではないかとの疑惑が浮上する。さっそくスクープとしてこの疑惑を大々的に報じる、リベラル系のCBSテレビ。

ところが、ここから保守派の巻き返しが始まった。保守系のブロガーたちが、疑惑の証拠とされた文書自体にそれこそ疑惑がある、と逐一指摘しはじめたのだ。ブッシュ政権を追い詰めたかに見えたCBSテレビは、皮肉にも、次第に防戦一方に追いやられていく。

本作を見ていると、はたしてこれは本当によその国の話なのか、と驚いてしまう。保守派の政治指導者と、彼に果敢に切り込むリベラル系メディア、そのメディアにさらに果敢に切り込む保守系のネット民、疑惑の深まりに困惑する一般国民……まるで今日の日本を見ているかのようではないか!

アメリカで起こったことは、それから十数年のタイムラグを挟んで、必ず日本でも起こる、というのはよく聞く話だが、これはどうやらメディアの世界にも当てはまるようだ。付け加えれば、主人公のCBS女性記者は、見るからに「反権力の権化」といった印象で、まるで日本のあの人のようである。

日米両国で絶えることのない、フェイクニュース騒動。本作を見ていると、どうやら保守派の政治家は基本的に悪い奴だから、国民の見ていないところで悪いことをやっているかもしれない……否、やっているに違いないという強い思いこみが、フェイクニュース乱発の背景にあるらしいことが分かってくる。

メディア関係者にとっては身につまされる話なのではありませんか?

朝日新聞「……」

 

ニュースの真相(字幕版)
 

 

・『ラ・ラ・ランド

かつて、ミュージカルはアメリカ映画の花形であった。フレッド・アステアジンジャー・ロジャースといったスターたちが、ミュージカルの世界で華々しく活躍した。

そんなミュージカルは、しかしながら次第に映画の世界からのけ者にされるようになった。70年代以降、映画が「夢」ではなく「リアリズム」に基づいて作られるようになったことが大きい。言うまでもなく、登場人物が唐突に歌って踊るミュージカルは、リアリズムの対極にある。

本作は、そんな現代においてミュージカルを再生させよう、という制作サイドの強い意気込みを感じさせる、意欲作である。LAの高速道路で突如ドライバーたちが歌って踊る冒頭のシークエンスには、度肝を抜かれてしまうw(;^ω^)

制作者たちはどうやら、往年の名画を意識しながら本作を撮ったようで、たとえば主人公らの劇中の会話でも、『カサブランカ』などの名画のタイトルがたびたび言及される。

クライマックスは、なんといってもラストだ。セリフが一切なく、主人公の男女ふたりがパリの幻想的な風景のなかで歌い、踊る。まさしく現代版『巴里のアメリカ人』と呼ぶにふさわしい。

 

 

・『夜は短し歩けよ乙女

本ブログでアニメ映画を取り上げるのは久しぶりだ(^ω^ )♪

小説家・森見登美彦の作品は映像化に恵まれており、これまでに『四畳半神話大系』『有頂天家族』がアニメ化されている。本作は、その『四畳半神話大系』のスタッフが再結集して作った、アニメ映画である。

夜の京都の街を舞台に、いかにも自意識をこじらせた観のある男子京大生と、対照的に天真爛漫な女子京大生、そしてその他もろもろの不思議な人たちによる、摩訶不思議な日常を描く。なんとも形容しがたい森見登美彦ワールドは、本作でも健在だ。

京都大学は日本の最高学府のひとつであるが、一方で、「1人の天才と99人の廃人を生むところ」とも言われる。その1人の天才は、卒業後、中央(東京)へと行ってしまい、京都には残りの“残念な99人”がとどまる。彼らの存在が京都を、他のどの地方都市とも違う、独特の街にしているのだ。

彼ら“残念な99人”に、幸いあれ。そして彼らを温かく包摂してくれる京都の街に、乾杯。

 

 

・『ダゲレオタイプの女』

本ブログでは先月、ホラー映画の名手・黒沢清監督の映画を取り上げた。本作は、その黒沢監督がついに海を越え、フランスにてメガホンをとった映画である。

タイトルにある「ダゲレオタイプ」というのはなにやら聞き慣れない言葉だが、およそ170年前に開発された写真撮影技術のことである。

主人公の青年が、ダゲレオタイプを偏愛する老カメラマンの助手に採用される。老カメラマンには娘がおり、彼女をモデルとしてダゲレオタイプの写真を撮影していた。主人公は次第にこの娘と親しくなる。

一方、老カメラマンの邸宅の周辺では再開発計画が持ちあがっていた。土地を手放せば大金が手に入るというが、老カメラマンはこれをかたくなに拒む。しかし主人公の青年は、土地売却に伴う手数料を目当てに、不動産業者に接近、邸宅を売却しようと試みる……

他の黒沢作品と同様、本作もホラーである。昔、『リング』で貞子がテレビから這い出てくるのを見たときには、夜眠れなくなるほど怖かったものだが、今『リング』を改めて見ると、むしろギャグにすら思える。一方、本作で老カメラマンの前に現れる亡き妻の亡霊は、べつに物理的暴力を振るうわけでもないのに、実に恐ろしい。

あぁ、これが本当のホラーか、と思った。

 

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・『ブレードランナー2049』

昔は、「未来」といえば輝かしいもの、と相場が決まっていた。ところがある時を境に、「汚らしい未来」が描かれるようになった。『攻殻機動隊』や『マトリックス』などが代表例だが、こうした作品群を「サイバーパンク」と呼ぶ。

このサイバーパンクの元祖といえる作品が、1982年公開の『ブレードランナー』というSF映画である。その『ブレードランナー』、35年もの歳月を経て、このたび続編が制作されることとなった。それがこの『ブレードランナー2049』である。

荒廃した2049年のLAの街を舞台に、自身もレプリカント(人造人間)である捜査官の主人公が、「レプリカントの出産」という前代未聞の事件の捜査にあたる。

LAといっても、我々がよく知るLAの街とはまるで異なり、高層ビルが林立し、漢字やひらがな、ハングルの看板が所せましと並んでいる。まるで東京かソウル、はたまた上海の街並みのようだ。サイバーパンクではおなじみの光景である。

本作で個人的に一番興味深かったのが、ヒロインの描写だ。彼女は生身の女性ではなくAIであり、ホログラムによって主人公の眼前に映し出される。要するに「二次元」というわけだ――ホログラムだから正確には三次元だけど(w

劇中、三次元の娼婦も登場するが、どう見ても二次元のヒロインのほうが可愛い。実際、主人公も二次元のほうを愛しているようで、娼婦とセックスする際には、娼婦の肉体とうまくダブるように二次元のヒロインがホログラムで映し出され、主人公はいわば娼婦の肉体を借りて二次元のヒロインと疑似的にセックスするのである。

あぁ、こんな未来、現実になったらいいなぁ、と思った(w

本作は、上映時間2時間40分という長尺だが、見ていてまったく退屈しない。BGMを極力排したアート映画的な演出が、観客を作中世界へと引きこむからだろう。

前作で主人公を演じたハリソン・フォードが、本作にも出演してくれているのもうれしい(w