Furusawa Keisuke's blog

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書評『アナーキー・イン・ザ・JP』

昔、朝日新聞にて、作家の高橋源一郎さんが連載小説を書いていた――そう、驚くべきことに、僕にもかつて朝日新聞を読んでいた時代があったのだ

それは、夏目漱石森鴎外といった明治の文豪たちが現代(1990年代)に蘇り、AV男優(!)になるなどして現代ニッポンを満喫する、という内容の話であった。僕は、ふだん連載小説なんてこれっぽっちも読まないのに、これだけは何やら面白そうだなと思って、毎日読んでいたのだ。

実際、新聞読者からの反響も大きかったらしい。連載元の朝日新聞社には、内容が内容だけに、“良心的な”文学ファンから同作の連載中止を求める投書まで送られた、と聞いている。

 

どうしてまた唐突に高橋さんの連載小説の話などしたかというと、本日ご紹介する小説『アナーキー・イン・ザ・JP』をはじめて読んだとき、そのことがふと思い出されたからである。

アナーキー・イン・ザ・JP』の主人公は、2010年の日本に生きる、17歳の少年。そんな彼の身体に、なんと、大正期のアナーキスト大杉栄の霊が憑依してしまう。

作者は、コラムニストの中森明夫さん。あの「オタク」という言葉の名付け親としても有名である。

さて、現代に蘇った大杉栄。彼は霊なので生身の身体を有しているわけではなく、少年の脳のなかに憑依し、少年と身体を共有するというやり方をとっている。宿主である少年とは、なにやらテレパシーのような手段でコミュニケートすることができ、少年の口を借りて勝手にしゃべることだってできる。

少年の身体を勝手に動かすこともできるので、大杉は少年が寝ている間に彼の身体を拝借し、インターネットで近現代史現代社会に関する情報を収集するのである。このあたり、映画『帰ってきたヒトラー』を彷彿とさせ、とても面白い。

 

著者の中森さんは現代日本を代表する文化人のひとりであり、多くの学者、評論家、あるいは活動家らと親交がある。そんな幅広い人脈を反映してか、本著では明らかにロスジェネ世代のアノ人アノ人をモデルにしたと思しき登場人物が次々登場、思わず笑ってしまう(w

なかには本名のまま登場する人物すらおり、たとえば都内の高級レストランに評論家の宮崎哲弥さんが登場する場面などは最高に笑えるから必読である(ww

 

タイトルに「アナーキー」とある上、かの大杉栄が登場することからも分かるとおり、本著のテーマはずばり、アナーキズムである。

本著には、実に多くのアナーキストたちの名が挙げられる。そのなかには、しかしながら「あれ?」と意外に思えるような人名もある。たとえば、三島由紀夫がそれだ。

「え、三島がアナーキスト? 三島って、右翼じゃなかったの?」と皆さん不思議に思われることだろう。だが中森さんは本著のなかであえて、三島をアナーキストとして取り上げている。

それだけではない。中森さんは作中の登場人物に、「自民党こそ最大のアナーキー集団」だとまで語らせているのだ。

なんとも意外な評言だが、確かに考えてもみれば、そうだ。ひとたび安倍政権の支持率が下落すると途端に背後から総理を狙い撃ちするアノ人などは、共産党だったらたちまち除名(あるいは、粛清?)されていることだろう。

既成の右翼/左翼の枠組みにとらわれない、中森さんの自由な――それこそアナーキーな発想がよく表れている。

 

ラスト。主人公は都内某所にて開かれた政治集会に足を延ばし、そこに登壇したある政治家――著名な総理経験者だが、本著では彼もまたアナーキストのひとりとされている――を見て、刃物で彼を刺殺するというビジョン(幻覚)にとらわれる。

17歳の少年が、刃物で大物政治家を殺す。

……いうまでもなくこれは、1960年、日本社会党委員長浅沼稲次郎を刺殺したテロリスト青年・山口二矢へのオマージュだろう――本作の舞台・2010年は、1960年から数えてちょうど半世紀という節目にあたる

そうか、山口二矢もまた、アナーキストのひとりだったのか。

 

本作は、平成生まれのはずの主人公の少年の語り口がいかにも80年代の若者っぽい口調で違和感を覚える点さえ除けば(w)、とても面白い小説だった。

中森さん、もっと現代のラノベの文体を真似ればよかったのにね。

 

アナーキー・イン・ザ・JP

アナーキー・イン・ザ・JP