Furusawa Keisuke's blog

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書評『現代語訳大乗仏典 維摩経 勝鬘経』

大乗仏教というのは、調べてみると、実に面白い。

そもそも、はじめにあったのは、大乗仏教ではない仏教、つまりは上座部仏教だった。だが上座部仏教は次第に、浮世離れしたお坊さんたちがただひたすらにお勉強するだけの仏教になってしまった。世のなかで、現に苦しんでいる人々を救おうという機運が、弱まってしまった。

こうした状況に危機感を覚えた人々が、仏教の改革に乗り出した。こうして誕生したのが、大乗仏教であったのだ。

大乗仏教では、したがって在家の人々が大きな役割を果たす。彼らはなんとお経のなかにまで登場、あろうことか仏弟子である偉いお坊さんたちをガンガン論破していくのだ。

まったく、なんという宗教だろう(w)。一般人が聖職者を論破していくという内容の経典を後生大事に崇め奉る宗教なんて、他にはちょっと考えられないw(;^_^A

 

というわけで本日取り上げるのは、仏教学者・中村元さん(1912‐1999)の『現代語訳大乗仏典』シリーズ第三巻、『維摩経 勝鬘経』である。いずれの経典も、在家の人々が主人公という、特異な内容のものだ。

 

まずは『維摩経』から。その名の通り、維摩さんという在家の人物を主人公とするお経である。

維摩は、お釈迦様たちと同時代人であったらしい。ある日、維摩が病気になったと聞いたお釈迦様は、弟子たちを彼のもとへ遣わそうとする。が、どういうわけだか弟子たちは乗り気でない。話を聞くとなんと、彼らは以前、維摩に論破(!)されたことがあり、そのせいで行きたいないのだという。

仏弟子ともあろう人々が一般人に論破されるのかと笑ってしまうが(w)、とにかく仏弟子たちが口をそろえて行きたくないというため、しょうがないので文殊菩薩というとても頭のいい仏弟子維摩のお見舞いに行くことになった。「おぉ、これは見ものだ!」というので、他の菩薩や神々までもが野次馬として彼についていった。

そこから先は、維摩文殊菩薩とのバトルである(w)維摩は、文殊菩薩らを迎えるなり、いきなり「諸君は来ないで来て、見ないで見ているのだよ」(「不来の相にして来たり、不見の相にして見る」)と謎めいたことを言う。しょっぱなからしてシュールな対話であり、いかにも禅問答といった趣きがある――維摩のこの言葉は、実は大乗仏教中観派の論書『中論』にも見られるロジックである

ここから先はかなり難解な問答が続くので、結末部分だけ紹介するとしよう。まさかお経をネタバレされて怒る人もいないだろうし(w

ラスト、文殊菩薩は「菩薩が不二の法門(※)に入るとはどういうことですか?」(「如何んが菩薩が不二の法門に入るや」)と、その場に居合わせた菩薩たちに質問する。おのおのの考えを述べていく菩薩たち。文殊菩薩維摩に「さあ、みんな自分の思っていることを述べました。今度はあなたが言う番ですよ。いったい菩薩が不二の法門に入るとはどういうことですか」と迫る。

維摩は、なにも答えない。

これに、文殊菩薩は感心したのだ。あぁ、こいつは分かっている、と。

「え、なにも答えなかったのに、どうして?」と皆さん不思議に思われることだろう。それは答えないということこそが答えだと文殊菩薩は理解したからなのである。

本当に大切なことは、言葉では表現できない。このことを禅宗では「不立文字」(ふりゅうもんじ)という。維摩文殊菩薩の問いに、まさに「不立文字」で答えたのだ。

なんとも、カッコいいバトルであった。

 

※生と死、有と無など、相反するふたつのものを超えた、絶対平等の境地のこと。

 

さて、お次は『勝鬘経』について。

こちらは勝鬘夫人という女性が主人公のお経である。このお経がスゴイのは、在家の、しかも女性が、こともあろうにお釈迦様を相手にガンガン仏法を説くところ(まさに釈迦に説法!w)である。

中村さんによると、当時のインドでは実際に女性が哲学談義をやることが珍しくなかったのだという。たしかにインド人というのは実に口が達者な民族である。TV番組『ハーバード白熱教室』の特番で、サンデル教授がインドで公開講義をやった際にも、インド人女性が政治哲学の碩学を相手にまったく臆することなくガンガン喋っていたものだった。

あぁ、勝鬘夫人もあんな感じでお釈迦様と対話したのかな、と思った。

内容は……これまた高度なものなので、詳しくは本著を読んでみてほしい。中村さんは、一般に仏教は女性蔑視の傾向があるとみなされるが、そんなことはない、と書いている。『勝鬘経』のなかで、お釈迦様は勝鬘夫人に、あなたは成仏する、と語りかけているからだ。

≪ここに注目すべきこととして、勝鬘夫人という女人が未来に仏となるのであって、「男子に生まれ変わって、のちに仏になる」ということは説かれていません。「変成男子」ということは説かれていないのです。「変成男子」ということは、しょせん仏教の一部の思想であったということがわかります。≫(94頁)

 

これは余談であるが。わが国にて最初に『勝鬘経』の解説を書いたのが、聖徳太子である。聖徳太子はなぜ『勝鬘経』に注目したのだろう。それは、当時の日本のリーダーが女帝・推古天皇だったからではないか、と中村さんは推測している。あぁなるほど、たしかにそうかもしれないな、と僕は思った。

 

本シリーズに掲載されているお経の訳文は、基本的には抄訳なのだが、本著の巻末では『維摩経』の現代語訳が全訳で掲載されている。興味がおありの方は、最初から最後まで通して読んでみると面白いだろう。

 

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典)

『維摩経』『勝鬘経』 (現代語訳大乗仏典)