Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『空海の夢』

本ブログでたびたび著作を取り上げている、曹洞宗の僧侶・南直哉(みなみ・じきさい)さん。彼は著書のなかで、尊敬する日本の宗教者として、曹洞宗の開祖・道元のほかに、親鸞、そして空海の名を挙げていた。

親鸞については、僕も入門書や評伝を読んだり映画を見たりして勉強しているところである。一方、空海については、映画を見るなどしたものの、正直どういう人なのかいまだによく分かっていない。

そういうわけで今回、空海に関する書物を手に取ったという次第である。

本日ご紹介する本は、松岡正剛さんの『空海の夢』(春秋社)

編集者にして評論家でもある、松岡さん。彼の名前は、以前からよく知っていた。彼の運営しているウェブサイト「松岡正剛の千夜千冊」では、タイトル通り千冊を超える(!)彼のブックレビューを読むことができる。僕のお気に入りサイトのひとつだ。

 

そんな松岡さんによる、『空海の夢』。

基本的には空海の評伝であるのだが……なんというか、「これは本当に評伝なのか?(w」という疑問が、どうしても頭から離れないのだ(w

冒頭から、空海とはおおよそ関係のない(と思われる)地理学やら人類学やらの話が延々と続く。

それからようやく空海の前半生が描かれ、評伝らしくなるのだが、中盤に至ってこれまた話が脱線(w)エントロピーがどうのこうのといった話が延々と続くのである。

う~む。いったい何なのだろう、この奇書は……w(;^ω^)

 

しかしながら、それこそが松岡さんの狙いなのだろう。

空海といえば、密教密教といえば、曼陀羅である。

曼陀羅とは、この世の森羅万象をひとつの絵にまとめたものである。この本は、それ自体がまさにひとつの曼陀羅なのだ。

一般的なスタイルの評伝では、密教を完成させた万能の天才・空海の評伝として、ふさわしくない。そこで松岡さんはあえて、自然科学など、一見仏教と関係なさそうな雑多な内容をふんだんに盛り込むことで、この本自体をひとつの曼荼羅に仕上げよう、と考えたのだろう。

彼の構想は、功を奏した。本著を読んでいると、まるで小宇宙を見ているかのような錯覚を抱くからだ。誰もが、摩訶不思議なる松岡=空海ワールドへと引き込まれてしまう。まるでブラックホールに吸い寄せられる光のように。

普段の読書とは、まったく異質の体験である。

 

本著は、もちろん評伝で“も”あるからして、読んでいると、空海が一般的なイメージに反して実は慎重な性格であったことなど、意外な事実を知ることができる。

生涯のライバル、最澄との駆け引きにおいても、空海はときに雌伏することもいとわない。

へぇ、なんだか空海の意外な一面が見れたなぁ、という気がした。もっと「俺が!俺が!」系の人なのかと思っていた(w

 

それにしても、仏教書はやっぱり、いいね。

僕はここ最近、経済学の本をやや集中的に読んできた。経済学の本は、たしかに役に立つ。勉強になる。

だが僕には、経済学はなんだか夢のなかの話をしているように思えてならないのだ。仏教書のほうが「夢の外」について語ってくれている気がする。

「……え? どちらかというと、逆じゃね??」

と皆さん思われるかもしれない。だが、僕にとってはそうなのだ。

仏教は、現実などしょせん夢だ、と教えてくれる。現実の社会をうまく回すことを考える経済学は、喩えるならば「夢のなかの火を夢のなかで消す」ための道具にすぎない。それに対し、仏教書は「この夢から覚めろ!」と僕に直に語りかけてくるのだ。

僕には、経済学よりもむしろ仏教のほうが、“リアル”に思えてならないのである。

 

空海の夢

空海の夢