Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

2018年6月のまとめ

気候

梅雨というのは一般には嫌われる季節なのだが、実のところ僕にとってはそうでもない。

僕はこの時期に咲くアジサイが好きだし、なにより暑いのが死ぬほど嫌なのだ(w

それだから、梅雨に入って肌寒い気候、いわゆる梅雨寒になってくれると、むしろありがたいとすら思えるのである。

今月は寒暖の差が激しく、ある日は真夏日を記録して、いよいよ今年はじめて冷房をつけたほどだったが、その一方、まるで春のあたまのように冷え冷えとした日もあった(これぞ梅雨寒!)。涼しいのはありがたいが、こうも寒暖の差が激しいと風邪をひいてしまいそうで怖い。もうちょっと、穏やかに推移してほしいものだ。

 

……とお天気を相手に愚痴っていたら、驚くべきことに、なんと関東地方が今月のうちに梅雨明けしてしまったというではないかっ!(絶句

 

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う~む。水不足にならなければよいのだが……

 

マンホール

人気アニメ『ラブライブ!サンシャイン!!』の舞台にして僕の出身地でもある静岡県沼津市にて、同作のキャラクターたちをあしらったマンホールが登場、さっそく市中心部に設置された。

 

www.at-s.com

やぁ、これでまたひとつ、沼津に観光名所ができたなぁ、よしよし。……と感心していたのもつかの間であった。

なんと、このマンホールが何者かによって故意に傷つけられるという事件が発生したのだ。しかも驚くべきことに、その犯人と思しき人物、マンホールを傷つける様子をあろうことかネット上の動画投稿サイトに自らアップロードしたのである。沼津市は警察に被害届を提出した。

 

www.at-s.com

ところが、災難はこれだけでは済まなかった!

その数日後、今度は何者かによってマンホールが白いスプレーを塗りつけられるという事件が発生。沼津市はついに、マンホールの一時的回収を決定したのであった。

 

www.huffingtonpost.jp

もちろん、悪いのは故意に傷つけたりスプレーを吹き付けたりした人間たちである。

しかし、これらの事件から我々はひとつの教訓を得ることができる。マンホールは、あまり綺麗に作りすぎてはいけない、という教訓だ。

当然のことながらマンホールは、マンホールとして実用に供される以上、人々によって踏まれ、傷つくものである――あるいは今回のように故意に傷つけられることも残念ながらある。したがって、あまり傷の目立たない、質素なつくりのほうが好ましかったのだ。

沼津市に先行して「アニメの聖地」として町おこしに成功した自治体として、茨城県大洗町を挙げることができる。実はマンホールについても、大洗は沼津に先行していた。

同町には、アニメ『ガールズ&パンツァー』をモチーフにしたマンホールが存在するのである。さっそく、これに関する記事を見てみよう。

 

www.sankei.com

どうだろう。沼津のカラフルなラブライブマンホールと比べるとずいぶん質素なつくりで、皆さん驚かれたのではないか。だが、マンホールとして実用に供するのであれば、実はこれくらいがちょうどよかったである。

報道によると沼津市は『ラブライブ!サンシャイン!!』劇中に登場する女子高「浦の星女学院」の校章がデザインされたマンホールも新たに設置する予定だという。

うむ、校章が入っただけのシンプルなマンホールならば、大丈夫だろう。

 

沼津×ラブライブ

マンホールの話も出たことだし、ここいらで昨今の沼津市について一言。

事件後、twitter上では、「もうアニメとのコラボは中止すべきでは?」との声まであがった。

ここがラブライバーラブライブのファン)の面白いところで、なにか問題が起こると、外部(一般市民)から批判される前に、まずファンコミュニティーの内部から(自己)批判が巻き起こるのである。

今回の件に関しても、「ここでひるんではそれこそアンチの思うつぼだ」という意見があるかと思えば、「沼津をラブライブ一色に染め上げようとするのはラブライバーのエゴではないのか?」といった(自己)批判の声もある。実に興味深い。

もっともこの批判に関しては、僕には異論がある。沼津をラブライブ一色に染め上げようとしているのは、ラブライバーではなく、むしろほかならぬ沼津市民のほうではないか。せっかく降ってわいた町おこしのネタを最大限活用すべく、沼津市民の側がラブライブとのコラボを積極的に望んでいる、というのが僕の見立てである。

それからもうひとつ、言いたいことがある。

沼津をラブライブ一色に染め上げることも、その反対に沼津からラブライブを完全に排除することも、どちらも現実問題として不可能だということだ。

さきほど名の挙がった大洗町ならまだしも、同町とは文字通り桁違いの大きさである沼津市をアニメ一色に染め上げるのは、そもそも現実問題として不可能だし、仮に強引にやったとすると、ものすごく全体主義的な、気味の悪い都市になってしまうことだろう。

その反対に、ラブライブを街から完全に排除することも、もはや無理である。

僕は、内浦地区の観光案内所で見かけた、ラブライブの切り絵を思い出す。

切り絵とは、白黒に染め分けた下絵を黒い紙に固定し、不要な部分を切り抜いて絵を作り上げていく絵画の手法のひとつである。沼津では昔からこの切り絵が盛んであった――祖父が生前、よく切り絵を作っていたのを思い出す

この切り絵が、なんとラブライブを題材としていたのだ。これを見たとき、僕は「あぁ、もうラブライブは完全に、沼津の街に土着化したんだな」と思った。沼津の一部となったラブライブを、したがって排除することはもはや不可能である。

現実的には、「ラブライブとのコラボ企画をこれまで通りの規模で継続すべきか、それとも縮小すべきか」という論点に落ちつくだろう。

これについての僕の意見、それは「劇場版が公開されるまでは継続すべき。それ以降は徐々に縮小すべき」というものだ。

現在は、将来リピーターになってくれる可能性のあるラブライバーをかき集めるべき時期である。たかだかマンホールが撤去された程度のことでヘコたれていてはいけない。コラボ企画、大いにやるべし。

そして来年初頭、劇場版が公開されたところで、徐々にコラボの規模を縮小し、かわりに「さぁ、ラブライバーの皆さん、沼津はラブライブだけの街ではないんですよ!」と、今度は“ラブライブだけじゃない沼津”を前面に押し出せば良いのである。

 

映画

今月も例によって映画(DVD)を30本鑑賞した。

今月見たなかでのベストは、今井正監督の『ひめゆりの塔』だ。

本作は、悲惨な戦場とのどかな日常、その双方をひとつのフィルムのなかに描き出す。生のすぐ隣に死があり、死のすぐ隣に生がある。これが、戦争だ。

昨今の日本の映画やドラマでは、「戦場で泣きながら戦争の悲惨さと命の尊さを訴える兵士」みたいな安直な演出が目立つ。現代のクリエイターは本作を見て今井監督から学んでほしい。

6月は、沖縄戦の月だ。今一度、沖縄について考えてみたい。

二番目に良かったのは、メル・ギブソン監督『アポカリプト』。これも、ものすごい映画だった。僕は子供のころマヤ文明が好きだったのだが、本作を見てマヤ文明のイメージを覆された。ものすごく退廃しているのだ。

ギブソン監督は超がつくほどの熱心なカトリック信徒として知られるだけに、本作は「もともとマヤ文明は滅びる運命にあったんだ。白人は関係ないんだ」と、スペインによる侵略を正当化してしまうおそれがある。そういう意味では、微妙な作品だ。

とはいえ、単純にアクション・サスペンスとしても楽しめる点は、良かった。

今月は、日本映画を多く見た。『あげまん』は、伊丹十三監督の作品。伊丹監督、若い頃はその良さがイマイチよく分からなかったものだが、大人になった今見てみると、とても良い。

『日本暗殺秘録』は、戦前の日本を震撼させた、血盟団事件のお話。当時の右翼青年たちの心情に迫るには、映画はうってつけの教材だ。高倉健さん演じる相沢三郎もカッコよかった。

ヨーロッパ映画も挙げよう。『タッチ・オブ・スパイス』はいかにもヨーロッパ映画らしい、ペーソスに満ちた作品だった。さきほどの『あげまん』もそうだが、歳をとるとハリウッドの娯楽大作よりも、こういう映画のほうが好きになってくる。

『アイアン・スカイ』は、月の裏側にある秘密基地からナチスの残党がUFOに乗って地球に攻めてくる、という内容の映画。見るからにB級映画なので当初はバカにしながら見ていたのだが(w)、意外や意外、現代社会への風刺が効いていて、結構楽しめた。この現代、本当に怖いのはナチスの残党などではなく、アメリカを中心とする主権国家体制だったのだ。

 

今月もまた、本をたくさん読んだ。

今月読んだなかでのベストは、松岡正剛さんの『空海の夢』真言宗の開祖・空海の評伝(?)である。

どうして(?)がついているのか。それは、本著がもはや評伝などという窮屈な枠を超えて、それ自体が一種の曼荼羅になってしまっているからである。

松岡さんは、その尋常ならざる知識量を存分に活かし、ひとつの本のなかに、地理学、人類学、自然科学などの知見を豊富に盛り込むことで、真言宗の開祖の評伝それ自体をひとつの曼陀羅にしてしまう、というウルトラCの大技を敢行したのであった。

このほかには、西部邁さんの『実存と保守』。孤高の知識人・西部さんの内面を垣間見ることができる。

僭越ながら、西部さんは僕と似ているな、と感じた。彼は子供の頃、吃音だった。僕の場合、吃音というほどではないが、滑舌が悪いため、彼が抱えていたという疎外感が、なんとなく分かる気がするのである。

やっぱり、西部さんは面白い。もっと早くから、彼の本を読んでおけばよかった。

青空の描かれた表紙も気に入っている。西部さんも今ごろは、この青空を眺めているのだろうか。