Furusawa Keisuke's blog

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書評『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』

アメリカがどうして京都を爆撃しなかったか、知ってるか?

……それはなぁ、京都には貴重な文化財がたくさんあるからだ。

アメリカは戦争の間も、ちゃんとそういうことを考えていたんだぞ」

 

……という話を、子供のころに父から聞かされた記憶がある。

その当時は「へぇー、アメリカって、やっぱりスゴかったんだな」と素直に感心したものだがが、長じるにつれて、ホントかと訝しく思うようになった。

 

さぁ、上の逸話は、果たして本当なのか、デマなのか。

 

デマである。それはただの都市伝説にすぎないと実証したのが、今回ご紹介する『日本の古都はなぜ空襲を免れたか』朝日新聞社という本だ。

著者は、歴史研究家の吉田守男さん。

 

本著によると、京都が爆撃されなかった理由、それは原爆の投下目標として想定されていたからである。

米軍は、なるべく“原爆による”被害がどれだけのものかを観察したかった。そのためには、もとから焦土では意味がない。投下予定地は、それゆえに空襲対象からはずされ、“その時”が来るまで温存されたのである。

京都は、平地が広い。狭い土地よりも、広い土地のほうが好ましい。東西、あるいは南北を山に挟まれた地形だと、爆風が拡散してしまい、原爆の効果がうまく発揮されなくなるからだ。

「え? でも長崎は山がちな地形じゃん!」と九州の方などは不思議に思われるかもしれない。実をいうと長崎は当初、投下予定地に入っておらず、原爆投下命令が下る前日になって急遽つけくわえられたのであった。

京都はまた、日本有数の大都市である。これもポイント。大都市であるということは、そこに軍需工場が多く存在しており、かつ交通の要衝でもあることを意味している。

京都の場合はさらに、象徴的な意味をも帯びている。なにせ、かつて千年にわたって日本の都だった都市である。そこが破壊されることによって日本人が受ける心理的衝撃は、計り知れない。

京都は、したがって原爆の投下予定地としては理想的だった、というわけなのだ。

 

それでは、なぜ結果的に原爆は京都に落とされなかったのだろう。

簡単である。戦争が8月15日で終わったからだ。

もし、「日本のいちばん長い日」で終戦が否決され、戦争が1945年8月以降も継続されていたら、どうなっていたか。ほぼ間違いなく、京都は原爆で破壊されていたに違いない。

 

本著は、上述のような都市伝説がどのように生まれたのかについても、詳細にフォローしている。

都市伝説のなかで京都の保全に中心的な役割を果たしたとされているのがウォーナー博士なる人物だが、本著はそれが日本人による勝手な誤解にすぎなかったことを、史料をもとに明らかにしていく。

繰り返しになるが、京都が核攻撃されなかった理由はあくまで、原爆の投下予定地だったから、にすぎないのだ。

 

今年も、夏が来た。周知のとおり、この国では夏とは政治の季節にほかならない。テレビなどで原爆について語られる機会も増えよう。

皆さまも、どうかこれを機に、本著を読んで原爆について今一度考えてみてほしい。

 

日本の古都はなぜ空襲を免れたか (朝日文庫)

日本の古都はなぜ空襲を免れたか (朝日文庫)