Furusawa Keisuke's blog

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書評『「プライバシー」の哲学』

デパートなどで“private only”という掲示を見たことのある人は、多いことだろう。「従業員専用」という意味である。

「え、プライベートって仕事の反対でしょ? 仕事で使う空間なのに、なんでprivateなの?」

と我々日本人はつい不思議に思ってしまう。

日本人の考える「プライベート」と英語のprivateとでは、微妙に意味が違うのだ。privateとはpublicの反対、つまり「公に開かれていない」という意味である。たとえ仕事で使われている空間であっても、公から秘匿されている空間は、したがって“private only”になるというわけなのだ。

 

本日取り上げるのは、そんなプライベートないしプライバシーに関する本、タイトルもずばり『「プライバシー」の哲学』ソフトバンククリエイティブだ。

著者は、本ブログでもたびたび著作を取り上げている、哲学者の仲正昌樹さん。

 

タイトルのとおり、プライバシーとは何ぞやと考察していく本著であるが――上に挙げた、英語のprivateと日本語のプライベートのズレの話もでてくる――主要なテーマとなっているのは、フェミニズムである。

プライバシーに関する話なのに、どうしてフェミニズムが出てくるのだろう。

 

たとえば、こういった事態を考えてみてほしい。暴力夫が奥さんに対しDV家庭内暴力をふるっている。もちろんフェミニストにとって……否、フェミニストでなくても、これは一大事である。

だが、DVの問題を根本的に解決するためには、さてどうしたらいいのだろう。すべての家庭に監視カメラを設置し、国家権力が監視し続けるべきなのだろうか?

とてもじゃないがそんなことはできないし、強引にやろうとしたらとんでもない監視国家が誕生してしまうことになる。

家庭というのは、プライベートな空間である。プライベートのことに公権力は口を出すべきではない――こういう考えを、リベラリズムと呼ぶ。リベラリストは、当然ながら、たとえ「DV反対」という大義名分があろうとも、全世帯に監視カメラを設置するなどという考えには断固反対することだろう。

かくして、フェミニズムリベラリズムが激突するのである。

これは、なんとも意外な事態に思える。2chなどのネット空間では――あっ、今は5chに改名したんだっけか。失礼w――「フェミ」や「リベラル」といった言葉はどうしても「サヨク」と一緒くたにされがちだからだ。

たしかに、これらふたつが共闘できるテーマもある。だが、上に挙げた例のように、真っ向から意見が対立することだってありうるのだ。

 

本著はこのように、一般的には対立しないと思われがちな立場の人々が、意外にも対立してしまうという実例を、次々と挙げていく。反対に、「え、どうして??」と思うような組み合わせが“共闘”することだってありうるとも指摘するのである。

たとえば、自己決定権に対する保守派とフェミニストの奇妙な”共闘”がそれだ。

かりに女子高生が援助交際を自己決定(ちゃんと自分の頭で考えて選択すること)したとして、「それが自己決定だから」という理由で彼女たちの援助交際を我々は肯定できるだろうか。

リベラリストなら「うーん、しかたない。自己決定ならば……」としぶしぶ賛成することだろう。

保守派であれば「援助交際などもってのほか!」と当然反発することだろう。

そして意外にも、フェミニストもまた反対するのである。

えっ、どうして!?

フェミニストは、現在の社会の仕組みのことを「家父長制」(かふちょうせい)と呼んでいる。

家父長制とは何ぞや。読んで字のごとく「お家のなかでお父さんが一番偉い(長)という制度」のことである(w

ただ、現在のフェミニズムでは意味がもうちょっと拡張されていて、とにかく(年長)男性が優位になるように築かれた社会の仕組み全般のことを、家父長制と呼んでいる。

この家父長制のもとで育った女性は、自ずと家父長制の価値観を内面化した思考をするようになる。そんな彼女たちが「自己決定」したら、どうなるか。結局は家父長制を維持するという結果に繋がってしまうのだ。

女性たちは家父長制のもとで、こう言っては語弊があるかもしれないが、「洗脳」されている。そんな彼女たちの「自己決定」など、とうてい認められない――これが、フェミニスト援助交際の自己決定を認めない理由なのだ。

かくして、日頃はあれほど仲の悪い保守派とフェミニストが、自己決定反対という点に限っては“共闘”できるのである。ね、意外でしょ?(w

 

我々が暮らす今日の社会は、もはや「右翼vs左翼」という単純な図式では説明しきれぬほど、複雑なものとなった。

仲正さんは、その数々の著作を通じて我々に、簡単な図式では括れない現代社会の複雑さを教えてくれているのである。

 

「プライバシー」の哲学 (ソフトバンク新書 053)

「プライバシー」の哲学 (ソフトバンク新書 053)