Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『保守論壇亡国論』

保守論壇亡国論』

一見するとなにやら物騒なタイトルであるが、文芸評論家の山崎行太郎さんが、現下の保守論壇に対する違和感、もっと言えば、嫌悪感を表明した、怒りの著作である。

 

僕は以前、保守の論客たちを「文学の人」と「科学の人」に分けたことがある福田恆存さん、三島由紀夫さん、江藤淳さんらが「文学の人」、西部邁さん、小室直樹さんなどが「科学の人」だ。

著者の山崎さん自身はというと、あきらかに文学の人である――まぁ文芸評論家だから当然ともいえるがw。だから彼は、江藤淳さんを高く評価する一方、西部さん、あるいは社会学者であった清水幾多郎(1907-1988)さんなど、科学の人たちにはかなり辛辣である。

ちと辛すぎるんじゃないかな、と僕は思った。僕はきっと、科学の人なのだろう。

 

山崎さんは、容赦のない人だ。本著にて、多くの保守の大物たちが俎上に載せられ、仮借なく批判される。上述の西部さんのほか、櫻井よしこさん、渡部昇一さん、西尾幹二さんといった超大物たちがガンガン批判されていくのだ。このように大御所を相手にしても容赦なく論難するところに、文芸評論家・山崎行太郎の気概を強く感じる。

 

終章にて、トリを飾ると同時にこれまた容赦なく批判されるのが、元外交官の孫崎享さんである。

「へ!?」と皆さん意外に思われることだろう。「孫崎さんって、そもそも保守なの?」と。

そう、ここからがポイントなのだ。山崎さんは、一般には保守と見なされることの少ない論客である。そんな孫崎さんのなかにも、本著にてさんざん批判された櫻井さん、西尾さんらと通底する姿勢を、山崎さんは見出すのだ。

それは、安直な二元論で物を見るという姿勢である。たとえば、「親米保守vs反米保守」という対立図式を掲げて、前者はニセモノ、後者こそ本物の保守である……といった具合に。

だが、事はそう簡単ではないだろう。そもそも、本当に親米保守、反米保守などとくっきりと色分けできるものなのか。

たとえば僕は、親米保守のつもりでいる。日米同盟がさらに深化(進化)することを願っている。それだけではない。日本は将来的にイギリスやオーストラリアとも同盟を結ぶべきだとすら思っている。

だが同時に、8月6日の朝8時15分にはちゃんと黙祷をささげるし――これだけは毎年欠かしたことがない――アメリカをはじめとする英語圏の国々による「地球人なら全員英語を話せて当然!」的な文化帝国主義も、実に苦々しく思っている。

それでもなお、僕はアメリカおよび他のアングロサクソン諸国との同盟が日本にとって重要だと考えている。ゆえに僕は親米保守なのである。

親米保守アメリカに魂を売り渡したポチ、似非保守」などというレッテル貼りは、実に不毛だ。

 

僕が山崎さんを凄いと思うのは、あえて本著終章にて孫崎批判を持ってきたことだ。

これがなくて、単に櫻井よしこ批判、西尾幹二批判だけで終わってしまうと、「そうだそうだ! 今の保守はどいつもこいつもアメリカのポチばかりだ!」、と反米保守(自称「真の保守」)の留飲を下げさせるだけで終わってしまう。

だが、終章にてあえて、そうした反米保守にとってのアイドル的存在である孫崎享さんをも批判することによって、山崎さんは「親米か反米かなんて関係ない。分かりやすい二項対立図式を掲げて噴き上げる輩は全員、俺の敵だ」と高らかに宣言したのであった。

か、カッコイイ……(〃▽〃)

 

文芸評論家・山崎行太郎さんの気骨を強く感じさせる、渾身の一作であった。

 

※本著巻末には、いわば付録という位置づけなのか、山崎さんと生前の江藤淳さんとの対談が掲載されている。文芸評論好きの読者の方はぜひこの対談を読んでみるといい。とても興味深い内容のはずだ。

 

保守論壇亡国論

保守論壇亡国論