Furusawa Keisuke's blog

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書評『イスラエル全史』

相次ぐパレスチナ人殺害。頻発する自爆テロ

イスラエル」と聞くと、我々はどうしてもきな臭いイメージを抱いてしまう。

本日ご紹介する『イスラエル全史』朝日新聞出版)は、そんなイスラエルの歴史を詳述してくれる書籍である。上下巻。どちらも、ずっしりと分厚い本だ。

ユダヤ民族の歴史は長いが、イスラエル国家の歴史は近代に入ってからのことである。本著ではイスラエルの実質100年間の歴史が描かれているのだが、その100年間のなんと密度の濃いこと! 同国の歴史はまさに「激動の100年」と呼ぶにふさわしい。

そんな100年が濃縮されているのが、本著である。

 

ユダヤ人の間で「パレスチナに帰ろう」との声が高まったのは、19世紀末のこと。実際にかの地にユダヤ人たちが入植してきたのは、19世紀の終わりから20世紀に入ってからのことであった。当時のパレスチナオスマン帝国の領土であり、アラブ系住民が多く暮らしていた。

そんななかに、いわば「割って入ってきた」のがユダヤ人であったのだ。当初でこそアラブ人の数分の一の人口を占めるにすぎなかったユダヤ人だが、20世紀前半には入植が進んだこともあり、次第にその数を増やしていった。それにともない、元々住んでいたアラブ人との対立は激化していったのだ。

今日において顕著な「ユダヤvsアラブ」という対立図式は、このころからすでに存在したのである。

第一次大戦後、オスマン帝国にかわってパレスチナの支配者となったのが、イギリスであった。イギリスは、ユダヤ人の入植によってアラブ人との対立が激化しつつあるのを問題視、彼らの入植を制限しようとした。

おりしもドイツにてナチスが台頭しつつあった時期である。つまりこの時期、ユダヤ人は欧州の二つの大国から迫害を受けていたのだ。ひとつはナチス・ドイツからホロコーストというかたちで。もうひとつはイギリスから入植制限というかたちで。

第二次大戦が終結して後、パレスチナ情勢はますます混迷の度を深めた。難民となったホロコースト生存者を受け入れるため、そして二度とホロコーストなどという悲劇に遭遇しないため、ユダヤ人の間ではやはり、自前の国家が必要、との意見が高まった。

ユダヤ国家建設を目指すユダヤ人と、それに反対するアラブ人との対立は、いっそう激化した。これにパレスチナ宗主国、イギリスの動きも加わって、事態はいよいよ泥沼化の様相を呈してきた。

この箇所では、ページをめくるたびに「〇月×日、△△にて戦闘、□人死亡」といった記述ばかりが続く。正直、気が滅入ってくる。

1948年、ユダヤ人による新国家「イスラエル」の建国が宣言された。当時、新国家の名称として、いくつかの候補が挙がっていたようだ。だが新国名が「イスラエル」に決まったと聞き、当時のユダヤ人たちは皆「これしかない」と納得したのだという。古代に栄えたユダヤ人の王国が、この名前だったからだ。

イスラエルの建国は、しかしながら新たな対立の幕開けに他ならなかった。イスラエルの建国“と同時に”他のアラブ諸国が同国に宣戦布告してきたからである。かくしてイスラエルは、他の周辺諸国“すべて”を敵に回し、戦わねばならなくなった。

 

イスラエル全史 上

イスラエル全史 上

 

 

本著を読んでいてとにかく圧倒されるのは、イスラエルの歴史は、本当に戦争の連続だということである。1948年に建国されて以来、この国はひたすら戦争をやっている。この下巻でも、ページをめくるたび「〇〇にて×人死亡」といった記述ばかりで、ウンザリするほどだ。

同国が置かれた困難は、我々日本人の想像を超えている。わが日本とて、隣国との関係はあまりうまくはいっていないが、それでも中国、韓国は「日本の生存権を否定せよ」とまでは(今のところ)さすがに言わない。ところがアラブ諸国は公然と、イスラエル国家の生存権を否定したのである。イスラエルは、そうした隣国たちと戦わねばならなかったのだ。ユダヤ人が「日本人は水と安全はタダだと思っている」と愚痴った、という話をどこかで聞いたことがあるが、それもむべなるかな、という気がする。

そんな困難のなかにも、英雄たちはいた。それはたとえば、男勝りの女性首相ゴルダ・メイアであり、パレスチナアラファト議長と歴史的な握手を交わした首相イツハク・ラビンである。本著は、そのラビン首相による1993年のオスロ合意を、クライマックスとして描く。その後に彼がたどった悲劇的な最期は、エンディングといったところか。

上述のとおり、イスラエルと聞くと我々はどうしても「怖い」という印象を抱くかもしれない。だが終章にて、本著の著者は、イスラエルが現代的な国造りに邁進し、かなりの程度それに成功しつつあることを強調しているのだ。

著者はまた、パレスチナとの和解にも前向きである。彼は以下のように書き、この大著を締めくくっている。

≪もしもこの一帯に平和と繁栄と調和を求めるとすれば――そしてあまりにも長い間ぶつかり合ってきた人びとにすればそれほどふさわしいものはない――イスラエルと接して平和に生きるパレスチナ国家がどうしても必要だ。地中海とヨルダン川にはさまれた東西九十哩の幅しかない細長い区域全体に平和が実現すれば――二つの民族の夢が生かされる祖国、そして理性と英知が力をもち、豊かで躍動感にあふれ満ち足りた二つの民族の祖国が実現すれば――イスラエル国家の未来はさらに明るいものになるだろう。≫(下巻580頁)

イスラエルに偏見を持っている方にこそ、僕は本著を読むことをおすすめしたい。

 

イスラエル全史 下

イスラエル全史 下

 

 

※余談ながら。19世紀にユダヤ人国家建設が議論された際、問題になったのが、言葉であったという。

それまでユダヤ人は、自らの住む国の言葉を話していた。当時のユダヤ人のあいだではドイツ語ないしイディッシュ語が主流であり、その次がロシア語、ついでフランス語であったらしい。

しかしユダヤ人は、こうした現状を良しとはせず、祖先の言葉であるヘブライ語を話そうとしたのである。

これは、大変なことだ。ヘブライ語は古代の言語であり、19世紀当時では死語となっていたからである。これを復活させるには、まず発音をしっかりと確定しなければならないし、「電気」「民主主義」など近代特有の語彙も新たに作り出す必要がある。

気の遠くなるような作業だが、これを地道にこつこつと続けたのが、ユダヤ人という民族なのである。そして彼らはついに、ヘブライ語を復活させることに成功したのであった。

民族概念の核は、言語である。自らの父祖たちの言語を蘇生させたユダヤ人に、僕は心から敬意を表する。