Furusawa Keisuke's blog

政治から映画、アニメ、将棋まで幅広く語ります。

書評『サラの柔らかな香車』『サラは銀の涙を探しに』

率直に言って、僕は敗者である。

これまでの半生、勝った経験よりも負けた経験のほうが、ずっと多かった。それだから、僕はどうしても敗者のほうに感情移入してしまう。

将棋界には、敗者が多い。羽生善治さんや藤井聡太さんのようなスーパースターが日々活躍する一方、彼らの背後には、敗者たちの屍の山がうず高くそびえているのだ。

本ブログで以前著書を取り上げた今泉健司四段もまた、プロ棋士養成機関「奨励会」を退会、一度はプロ棋士の夢をあきらめたという意味で、敗者であった。それでも今泉さんはその後も将棋を捨てず、最後の最後でようやく夢を掴むことができた。

一方、多くの“元奨”――奨励会を退会した元会員のことをこう呼ぶ――は、将棋とは無関係の仕事に就くか、プロ棋士にはなれなくとも将棋に関係する仕事に就いて、生活の糧を得ているのである。

 

本日ご紹介する橋本長道さんも、そんな“元奨”のひとりだ。

橋本さんは、1984年生まれ――あら、僕と同世代だ将棋棋士に憧れ奨励会の門を叩いたものの、2003年に退会してしまう。その後は神戸大学に入学、卒業して銀行で働くなどした後、2011年、作家デビューを果たした。

このとき彼が書いた将棋をテーマとする小説が、今回ご紹介する『サラの柔らかな香車集英社だ。今回は、その続編『サラは銀の涙を探しに』集英社とあわせてご紹介するとしよう。本ブログで初めての、二本立て書評である(w

 

まずは『サラの柔らかな香車』から。

“元奨”である主人公・瀬尾は、ある日、荒廃した団地の公園にて、不思議な白人の少女・サラと出会う。外国人で会話すらままならない彼女は、しかしながら将棋に異様に関心を示す。瀬尾は、彼女のなかに秘められた非凡な才能を直感、彼女に将棋を教え始める……。

 

ヒロインの女の子が金髪碧眼の白人、というところがいかにも最近のラノベっぽく(w)、おまけに極端に無口で日本語はカタコトときているから、まるで綾〇レイちゃんのようだ(w

こういうキャラクター造形はすぐれて現代サブカルチャー的だが、本著はラノベではなく、れっきとした小説である。作中、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』やヴィトゲンシュタイン言語ゲームが言及されるなど、著者の教養の深さが随所に現れている。

なにより、著者自身が“元奨”であるゆえ、将棋界のディテールがとてもよく描かれており、大変に興味深いのだ。

 

ラスト。サラに将棋で惨敗した将棋少女・北森七海は、一度は女流棋士の夢をあきらめるものの、やがて再起し、打倒サラを誓う。本著はこの場面で幕を閉じる。そしてこの七海こそ、続く『サラは銀の涙を探しに』のメインヒロインとなるのだ。

 

サラの柔らかな香車 (集英社文庫)

サラの柔らかな香車 (集英社文庫)

 

 

というわけで、続編『サラは銀の涙を探しに』である。

一般読者たちは当然、宿命のライバルとなったサラと七海が、互いにしのぎを削りつつ女流棋界を引っ張っていく、という少年漫画的なアツい王道展開を予想したことだろう。ところが……。

 

サラはある日突然、姿をくらましてしまうのだ。その後も彼女が姿をあらわすことはなく、周囲からは事実上の引退と受け止められた。一方、女流棋界に残った七海はその後、女流のトップに上り詰める。それでも宿命のライバルを失った彼女は、自らの地位に満足していない。

七海は、サラの行方を探るうち、A級棋士である鍵谷と親しくなる。鍵谷は、ここ数年で急に調子を上げた棋士であるが、その理由は謎とされている。

しかし物語が進むにつれ、この鍵谷が意外にもサラと共同で将棋の研究を行ったことがあり、彼の急な躍進はその成果であったことが明らかになる。サラとなんらかの関係を持っている点で、七海と鍵谷は同類であったのだ。

そんな彼らの前に、やがて強敵が立ちはだかる。なんと、サラの将棋の学習方法を参考にしたというコンピューター・ソフトが開発され、それと鍵谷が公開対局することとなったのである――リアルで社会現象となった「将棋電王戦」が、こういうかたちでフィクションの世界にも影響を及ぼしているのだ

鍵谷は、この“異種格闘技戦”に備え、ひたすら将棋の研究に明け暮れる。だがそれは、彼の精神を確実に蝕んでいったのである……。

 

羽生さんは、「将棋のことをなにも考えない一日」を必ず設けるという。なぜか。

若い頃、毎日将棋のことばかり考えていたら、「あぁ、このままだと、いつか発狂するな」というのが分かったからだそうだ。

本著の“衝撃的な結末”を読み、僕は羽生さんのこの言葉をふと思い出したのだった――って微妙にネタバレになってるかな。ごめんなさい(w

 

それにしても、まさかサラの内面が、あんなことになっていたとは……。

正直、あの前作からこの続編は、まったく想像がつかなかった。

著者・橋本長道さんの「驚愕の一手」に、僕はただただ驚嘆せざるを得なかった。

 

サラは銀の涙を探しに

サラは銀の涙を探しに

 

 

 

橋本さんは、プロ棋士にはなれなかったけれども、こうして作家になれたわけだから、人生の勝者、と言っていいのではないか。

だがそこに至るまでに、彼はきっと数多くの敗北を経験してきたことだろう。

僕だってそうだ。同世代ということもあってか、僕は勝手ながら橋本さんに、ずいぶんと親近感を覚えてしまった。

彼の次の著作が、待ち遠しい。